柳条湖事件(読み)リュウジョウコジケン

デジタル大辞泉 「柳条湖事件」の意味・読み・例文・類語

りゅうじょうこ‐じけん〔リウデウコ‐〕【柳条湖事件】

昭和6年(1931)9月18日柳条湖で日本の関東軍南満州鉄道線路爆破した事件。関東軍はこれを中国軍行為として出兵し、満州事変口火を切った。従来、事件発生地は「柳条溝」とされてきたが、「柳条湖」の誤り。

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共同通信ニュース用語解説 「柳条湖事件」の解説

柳条湖事件

日本の旧関東軍が1931年9月18日、中国・奉天(現在の遼寧省瀋陽)近郊の柳条湖で南満州鉄道(満鉄)の線路を爆破した事件。日本が中国東北部を占領する満州事変の発端となった。日本側は中国軍の仕業として関東軍を出撃させた。中国各地では毎年9月18日、愛国教育の行事が開催され、空襲警報を鳴らすなどしている。(北京共同)

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精選版 日本国語大辞典 「柳条湖事件」の意味・読み・例文・類語

りゅうじょうこ‐じけんリウデウ‥【柳条湖事件】

  1. 昭和六年(一九三一)九月一八日夜、中国遼寧省瀋陽市北郊柳条湖で、同地に駐屯していた日本の関東軍が南満州鉄道の線路を爆破した事件。関東軍はこれを中国軍の行為と主張して軍事行動を起こし、満州事変の口火を切った。

柳条湖事件の補助注記

当時の新聞報道が「湖」を「溝」と誤り伝えたため、長く「柳条溝事件」と称されたが、一九八二年、中国遼寧大学の学者により究明され改められた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「柳条湖事件」の意味・わかりやすい解説

柳条湖事件
りゅうじょうこじけん

1931年(昭和6)9月18日の謀略的満鉄線路爆破事件。満州事変の引き金となった。従来、柳条溝事件と通称されていたが、1980年の中国における学会報告で、事件現場の地名などから柳条湖事件と改称すべきであると提起された。31年3月、宇垣一成(うがきかずしげ)内閣を企図する軍事クーデターが発覚した(三月事件)。関東軍高級参謀板垣征四郎(いたがきせいしろう)大佐や同作戦主任参謀石原莞爾(かんじ)中佐らはすでに満蒙(まんもう)領有計画を作成していたが、三月事件後に石原は「満蒙問題私見」などを執筆、満州で軍事行動を起こし、それを機に国内の軍事的改革を断行する計画を作成した。柳条湖事件はこれらの計画を具体化する謀略であった。関東軍の計画には、軍中央部の参謀本部第一(作戦)部長建川美次(たてかわよしつぐ)中将、同支那(しな)課長重藤千秋(しげとうちあき)大佐、支那班長根本博中佐らも加わっていた。軍事行動は計画の漏洩(ろうえい)により早められ、9月18日に実行された。満鉄線路の爆破といっても、列車の運行に影響を与えないように爆薬量が計算され、爆破を合図に奉天(ほうてん)にいた板垣高級参謀が軍司令官名で奉天城と張学良(ちょうがくりょう)軍の宿営北大営(ほくだいえい)を攻撃させ、19日中には計画どおりの軍事行動で営口(えいこう)、安東(あんとう)、鳳凰(ほうおう)城、長春(ちょうしゅん)など満鉄沿線の主要都市を占領した。さらに計画には朝鮮軍の増援があったが、参謀総長金谷範三(かなやはんぞう)大将が出兵を中止させた。そこで吉林(きつりん)で事件を起こし、吉林出兵を実施、これに伴い朝鮮軍を独断越境させた。これに対し、事件勃発(ぼっぱつ)直後、不拡大方針をとった若槻礼次郎(わかつきれいじろう)内閣は22日の閣議で軍事行動を追認し、予算の支出を承認、さらに24日には軍の行動の正当性を認める声明を発表し、軍の行動を容認した。

[君島和彦]

『島田俊彦著『関東軍』(中公新書)』

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改訂新版 世界大百科事典 「柳条湖事件」の意味・わかりやすい解説

柳条湖事件 (りゅうじょうこじけん)

満州事変の発端となった謀略事件。かねて満州(現,中国東北部)の武力占領を画策していた関東軍幕僚の板垣征四郎,石原莞爾(かんじ)らは,1931年6月末,南満州鉄道沿線にある中国軍(東北辺防軍)兵営の北大営付近の柳条湖で9月下旬に軍事行動を起こすことを計画した。しかし企図が政府側にもれたため,予定を繰り上げ,9月18日午後10時20分ころ,独立守備歩兵第2大隊第3中隊の河本末守中尉が柳条湖の満鉄線路に爆薬をしかけ爆発させた。線路への被害はほとんどなく,直後に列車が無事通過した。爆音を合図に演習と称して,付近に出動していた川島正大尉の率いる第3中隊が北大営の中国軍を攻撃した。板垣,石原らは,事件を中国軍が満鉄線を爆破し日本軍を攻撃したものと偽り,関東軍を出撃させ,満州事変を引き起こした。なお,日本で柳条溝事件と呼んできたのは新聞の誤報で,柳条湖が正しい地名である旨,中国の研究(1981)で確認された。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「柳条湖事件」の意味・わかりやすい解説

柳条湖事件
りゅうじょうこじけん

1931年9月 18日夜,奉天 (瀋陽) 北部の柳条湖 (柳条溝は当時の報道機関による誤報が流布したもの) で南満州鉄道の線路が小爆破された事件で,満州事変の発端となった。爆破したのは奉天独立守備隊の河本末守中尉らで,満州での兵力行使の口実をつくるため石原莞爾板垣征四郎関東軍幹部が仕組んだものであった。関東軍はこの爆破を当時北伐に呼応して抗日の色を濃くしていた奉天軍閥張学良軍正規兵によるものとして,「全線全関東軍出動,奉天軍攻撃」の命令を発し,張学良軍の宿営する北大営を砲撃した。そのうえ,林銑十郎が朝鮮軍を満州に越境進撃させるなど,たちまち全満州に軍事行動が拡大した。日本政府は当初不拡大方針を決めたが,のちに関東軍による既成事実を追認し,悪弊の因をつくった。事件の現場には,国際連盟からリットン調査団が派遣されて『リットン報告書』が作成され,日本は国際的にも孤立していった。

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百科事典マイペディア 「柳条湖事件」の意味・わかりやすい解説

柳条湖事件【りゅうじょうこじけん】

満州事変の発端となった事件。満州の軍事占領を計画した関東軍参謀板垣征四郎石原莞爾,奉天特務機関長土肥原賢二らの陰謀によるもの。1931年9月18日夜,奉天(瀋陽)郊外柳条湖の満鉄線路で小爆発事件を起こし,張学良軍の陰謀と称して付近の兵営北大営(ほくだいえい)を奇襲攻撃,のち全面的攻撃に移り,満州事変を起こした。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「柳条湖事件」の解説

柳条湖事件
りゅうじょうこじけん

関東軍が満州(中国東北部)でおこし満州事変の発端となった謀略事件。1931年(昭和6)9月18日午後10時20分すぎ,奉天(現,瀋陽)駅北方の柳条湖で南満州鉄道線が爆破された。日本側は張学良(ちょうがくりょう)軍の仕業としてただちに近くの張軍の本拠北大営奉天を攻撃し,翌日には沿線主要都市を制圧した。鉄道爆破は,満蒙の武力制圧と直接支配を企図する関東軍高級参謀板垣征四郎大佐,作戦主任参謀石原莞爾(かんじ)中佐を中心に周到に準備された謀略であった。攻撃は満鉄線沿線から9月21日吉林(きつりん),10月8日錦州にまで拡大され,若槻内閣・陸軍中央も既成事実の追認を余儀なくされた。

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旺文社日本史事典 三訂版 「柳条湖事件」の解説

柳条湖事件
りゅうじょうこじけん

1931(昭和6)年9月18日,満州事変の発端となった鉄道爆破事件
関東軍が奉天北郊の柳条湖で南満州鉄道の線路を爆破。中国軍のしわざと主張してただちに軍事行動をおこし,満州事変が始まった。政府(第2次若槻礼次郎内閣)はただちに不拡大方針を声明したが,関東軍はこれを無視して戦域を拡大。

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旺文社世界史事典 三訂版 「柳条湖事件」の解説

柳条湖事件
りゅうじょうこじけん

1931年9月18日,奉天(瀋陽)近郊の柳条湖で日本軍が南満州鉄道を爆破した事件
日本軍はこれを張学良軍の行為として軍事行動を起こし,満州事変に拡大した。

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