改訂新版 世界大百科事典 「蜀江錦」の意味・わかりやすい解説
蜀江錦 (しょっこうきん)
中国の蜀(四川)より産する多彩な錦織物,すなわち蜀錦(しよつきん)をいう。蜀江(紅)錦とは日本での名称で,〈しょっこうのにしき〉ともいう。四川地方における絹織物の歴史がきわめて古いことは,多くの文献資料とともに1975年成都出土の西周時代の銅矛の柄に認められる〈蚕〉の形象や,65年同じく成都出土の戦国時代の銅壺に鋳出されている〈採桑図〉などによっても知られる。こうした伝統に支えられ,漢代には蜀の成都の南を流れる流江で洗った染色は特に鮮麗で美しいとして,以来その都を錦城,その川を錦江と呼ぶようになった。三国時代には,当時錦の産地として最も著名であった襄邑の錦織をも圧倒するほどの発展をみせ,その後歴代王朝の絹織物の産地として重要な地位を保持してきた。宋代の〈錦院〉,明代の〈織染局〉といった官営工房もまた蜀の地に設けられた。蜀錦の特色は織技の精緻さと,文様の多様性にあるが,特に赤染が美しいことで知られている。これは唐代に入り,従来の茜(あかね)染に対して,紅花の栽培が四川省一帯に広がったことに関係しているように思われる。
日本で〈蜀江錦〉の名で知られる錦には2種あり,一つは法隆寺伝来の古様な経錦(経糸で文様をあらわす)の織法による小文様のもので,鮮やかな赤地に格子連珠文様や,連珠に双鳳文を織り出した錦である。同種の赤地連珠文の経錦が新疆ウイグル自治区トゥルファンのアスターナ古墓から出土していることから,唐代に織製された蜀の錦が東西に輸出され,その一部が日本に伝存したものと考えられる。他の一つは明代に織製された華やかな大文様を織り出した緯錦である。現存するものでは赤地のものはまれで,萌黄,黄,縹(はなだ),金茶などを主調とした抑えた色調で,格子,円,亀甲などをつなぎ合わせた幾何学的な構成のなかに花文を織り出した雄渾な感じの作品が多い。特に前田育徳会所蔵の蜀江錦のなかには,織幅が2mを超える大幅のもので,裏に〈糸染局繡造局〉の墨書のあるものがある。おそらく蜀の〈織染局〉の所在地,成都で製作されたことを示すものであろう。こうした中世から近世にかけて日本に舶載された明代の蜀江錦のあるものは,今日〈名物裂〉として珍重され,またその独特の幾何学的な構成文様をさして,〈蜀江文様〉などといっている。
→錦
執筆者:小笠原 小枝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報