歯の損傷(読み)はのそんしょう(英語表記)Injury of Teeth

家庭医学館の解説

はのそんしょう【歯の損傷 Injury of Teeth】

◎歯の損傷の種類と治療
 交通事故、転倒、人や物との衝突、またけんかで顔を殴(なぐ)られた場合などに歯の損傷がおこります。原因となった力の大きさとその方向により、単なる打撲(だぼく)でなく、歯が脱臼したり、歯の一部が折れたりします。
■歯の打撲(だぼく)
 歯に強い力が加わると、歯根(しこん)と歯槽骨(しそうこつ)の間にある歯根膜(しこんまく)の一部が伸びたり、ちぎれたりします。その状態を歯根膜炎(しこんまくえん)(「歯根膜炎(根尖性歯周炎)」)といい、その歯をたたいたり、かみ合わせたり、その歯でなにかを食べると激しく痛みます。また歯が浮いた感じ(挺出感(ていしゅつかん))が続きます。
 この程度であれば、その歯をあまり使わないようにしながら1週間くらい安静を保つことで、自然に治ります。
 しかし、加わった力が強いと、その歯の歯髄(しずい)への血行が途絶え、歯髄壊死(しずいえし)となります。歯髄が死んだ後もそのままにしておくと、歯の表面が少しずつ黒ずんできます。さらに時間がたつと歯根の周囲、とくに根端部(こんたんぶ)の骨は少しずつ吸収され、最後に歯根肉芽腫(しこんにくげしゅ)や歯根嚢胞(しこんのうほう)などの根端病巣をつくります。
 根端病巣は小さいものなら根管治療で治りますが、一定以上の大きさになると、嚢胞摘出および歯根端切除手術などの外科的治療が必要になります。これは歯肉(しにく)(歯ぐき)を切開して粘膜骨膜弁(ねんまくこつまくべん)をつくり、該当する場所の骨を除去し、病巣と関係する歯根の先を切断して、歯根周囲の病巣と歯根の先端を一緒に除去する手術です。
■歯の脱臼(だっきゅう)
 歯に強い力が加わると、打撲程度では終わらず、その歯がぐらぐらと動いたり、半分くらい飛び出してしまったり(不完全脱臼)、さらには完全に抜けて歯槽から外へ出てしまうこと(完全脱臼)があります。この場合は、受傷後なるべく早く、抜けた歯を元の位置に押し込み、固定すれば生着する可能性があります。完全に脱落した場合でも、受傷直後に脱臼歯の再植手術を行なえば成功率は高くなります。
●歯の脱臼のときの応急処置
 外傷で歯が抜けそうな場合でも、そのまま歯槽骨内へそっと押し込みます。歯根の周囲の骨が折れている場合は出血もありますが、まずは脱臼した歯を元の位置にもどし、その上から綿かガーゼで押さえて止血をします。
 完全に抜けて口の中に歯がある場合は、外へ取り出します。その際、誤って飲み込まないように注意して、自分で器の中に吐き出すようにします。
 受傷時に歯が地面や床に落ちた場合でも、探し出して、牛乳か水道水につけて保存します。けっして消毒用アルコールや酒、酢などにつけてはいけません。よく市販の洗浄綿に包んで受診する人がいますが、その洗浄綿が滅菌蒸留水か生理食塩水を使用しているものならよいのですが、アルコールやその他の消毒薬が成分であるものは、歯髄や歯根膜組織を傷害するので使用してはいけません。泥などの汚れがついていても、指や爪(つめ)でむりやり除去せず、水道水で洗い流す程度にしておきます。
 一方、口腔粘膜(こうくうねんまく)の裂傷部はできるだけ清潔な綿かガーゼで押さえて止血し、その状態でなるべく早く歯科または病院の口腔外科を受診してください。
 歯が歯槽内に埋入(まいにゅう)した場合は、周囲の歯槽骨は骨折しているので、指でむりに歯を引っ張り出さず、止血にだけ気をつけて安静にしたまま、歯科を受診してください。
 歯槽骨骨折の部位によっては、脱臼した歯は再植できずに抜歯します。
●脱臼歯の歯髄処置について
 脱臼後すぐに歯槽骨内へもどした場合には、脱臼歯の歯髄(しずい)はそのまま生きていることが意外に多いものです。脱臼直後には歯髄が生活反応を示さなくても、6か月間くらいはようすをみます。
 ときどき歯科医師に歯髄の生活反応の有無を検査してもらい、6か月待っても生活反応が回復しないときは、歯髄の除去処置が必要です。打撲歯の場合と同様、歯髄が壊死した状態のまま長く経過すると、歯が変色します。
●歯の破折(はせつ)
 外力の強さと力の加わり方によっては、歯は脱落せず、一部が破折(折れる)したり、吹っ飛びます。破折部位により、歯冠部破折(しかんぶはせつ)と歯根部破折(しこんぶはせつ)に分けられます。また破折の程度により、亀裂破折(きれつはせつ)と完全破折に分けられます。
 欠けた部分が少しであれば、ほとんど問題はありません。冷たい水がしみたり痛みがあれば、歯科医師に相談する必要があります。冷たい水がしみたりするのは、破折により歯髄(神経)の一部が露出したり、露出しなくても、欠損により歯髄をおおっている歯質(ししつ)が非常に薄くなるからです。
 もし破折線が歯髄腔(しずいくう)におよぶと、出血や、歯髄が露出して強い痛みが続きます。そのままがまんして放置すると、歯髄壊死をおこします。
 破折後すぐに治療すれば、歯髄を歯根部まで全部除去せず、歯冠部分だけの除去で治療することも可能です。また、歯槽骨内で歯根が破折した場合でも、深部の歯根を残せることがあるので、放置してはいけません。
 治療は、歯髄に障害がおよんでいれば、歯髄の処置を行なった後に歯冠形態を修復します。また、根端より3分の1以内の部分の歯根破折であれば、歯根端切除手術に準じて破折した根端部を除去します。損傷を受ける歯はほとんどが前歯のため、できるだけ抜歯は避けますが、むりに歯を残したため歯根周囲の骨吸収をおこしたり、骨髄炎(こつずいえん)でより広範囲の骨が壊死をおこす場合があり、専門的判断が必要です。

出典 小学館家庭医学館について 情報

六訂版 家庭医学大全科の解説

歯の損傷
はのそんしょう
Tooth injury
(外傷)

どんな外傷か

 歯の損傷は、交通事故などでのあごの骨折や唇の裂傷を伴うような重傷な状態から、物の角にぶつけて歯がぐらつく状態まで、その程度はさまざまです。

 受傷年齢は、一般的に若年者に多い傾向がみられます。これは、運動神経の発育途上で外力に対する防御がうまくできないことで、顔面をぶつけ歯を損傷する可能性が高いからです。

 年齢を細かく分けると、就学前の幼児期に起こる外傷は、主に家のなかでのアクシデントにより乳歯(前歯)が抜けたり、ぐらぐらすることがよくみられます。

 小・中学生になると校庭での外遊び時の外傷が増え、永久歯の前歯が抜けたり、根が折れたり、歯が欠けたりすることが多くみられます。この時期は永久歯の根が未完成なこともあり、将来に大きな障害を残すことになりかねません。

 歯の生え代わるこの時期の子どもで外傷を受ける原因として、上顎前突(じょうがくぜんとつ)(出っ歯)が考えられます。口元が出ていることで損傷を受ける可能性が高くなります。こうしたことを防ぐためにも、歯並びが重要になってきます。

 成人では、飲酒後の転倒、自転車などでの交通事故、スポーツ外傷、殴打によるケースなどがあります。

受傷時の状態

 歯の損傷の状態は乳歯・永久歯に共通で、下記のように分類されます。

①歯が抜け落ちる場合(完全脱臼(だっきゅう)、脱落)

②歯が骨のなかにめり込む場合(埋入(まいにゅう)

③歯がぐらぐらする場合(挺出性(ていしゅつせい)脱臼)

④歯の根っこが折れる場合(歯根破折(しこんはせつ)

⑤歯の一部が欠ける場合(歯冠(しかん)破折)

⑥歯の打撲(だぼく)震盪(しんとう)

 以下に、各状態での対処法および経過を示します。

対処法および経過

(A)歯が抜け落ちた場合

 この場合、いかに早く歯科医院へ行くかが重要です。治療を受けるまで、抜け落ちた歯を保存するよい方法は牛乳内に入れておくことです。その際、周囲の汚れは、弱めの流水下で軽く洗い流す程度にしてください。強く洗ったり、ふき取ったりしないでください。歯の表面にある歯根膜(しこんまく)という組織があり、その歯根膜が傷ついたり乾燥してしまうと、適切な治療を行っても歯は生着しません。

 もし牛乳がない場合は、自分の口の中で保管してもよいです。この場合、誤って飲み込まないように歯茎と頬っぺたの間、もしくは舌の下に入れておくことがよい方法です。

 治療方法は、脱落した歯を抜け落ちた歯槽内に戻して整復固定します。固定は3週間行い、その後、歯の神経を取り除く治療が必要になります。固定したままにしたり、根の治療を怠ると歯根が溶けたり(歯値吸収)、骨と癒着したりすることがあります。

(B)埋入、ぐらぐらしている(挺出性脱臼)の場合

 歯が歯槽から抜け落ちないように気をつけ、整復固定を受けることです。この場合、歯槽骨(歯の植わっている骨)が折れていることがあります。

 術後についてはAとほぼ同様ですが、歯根が未完成の場合、神経が再生する可能性があるので、より慎重な経過観察が必要です。

(C)歯根破折

 根が折れていると歯がぐらぐらしており、挺出性脱臼と同じです。この場合はX線検査で確認しないとわかりません。折れている場所が悪ければ歯を残すことはできません。

 受傷直後にはあまり動揺がなく、X線検査でもはっきりしない場合でも、数週間から1カ月程度で動揺してくることもあり、術後の観察は必要です。

(D)歯冠破折

 歯の一部が折れている場合、折れた歯の状態にもよりますが、根と接着して戻すことができる場合があります。歯の破折の場合、歯の神経が露出して激しい痛みを伴うことがあります。

 露出した歯の神経は、汚染されていなければ鎮静し、治癒させることが可能です。根が未完成の場合は、とくに神経が残る可能性が高いので慎重な対処が必要です。

(E)打撲・震盪

 歯の揺れはないが痛み伴う場合、打撲・震盪の可能性があります。受傷直後は嚙み合わせに気をつけ、状態によっては嚙み合わせ調整が必要なことがあります。10日程度はできるだけ安静にすることが重要です。

歯の損傷のポイント

 外傷を負った歯は、受傷の状態によりその予後は大きく変わります。ただし、適切に治療がなされない場合、程度が軽くても抜歯に至ることもあります。受傷後はできるだけ早期に歯科医院を受診し、適切な診断・治療を受けることが重要です。永久歯の歯根が未完成な状態(学童期前半)の外傷は将来に及び、骨の成長にも大きな影響を及ぼすこともあるので注意が必要です。

 損傷により歯の神経がダメージを受けると、色が黒ずんでくることがあります。受傷後の色の変化は治療のサインです。

小飼 英紀, 中川 種昭

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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