内科学 第10版 「毒蛇咬傷」の解説
毒蛇咬傷(有毒動物による咬刺傷(毒蛇、ハチ))
概念・疫学
マムシは奄美大島以北の日本全土,ヤマカガシは本州,九州,四国,大隅諸島,ハブは奄美・沖縄地方に生息している.マムシ咬傷は,年間1000件以上あると推定され,毎年10人前後の死亡例がある.ヤマカガシは,これまでに数十例の重症例と4例の死亡例が報告されているのみであり,ハブは毎年100人前後の咬傷患者が発生しているが,死亡例はほとんどみられない.
病態生理
マムシ,ヤマカガシ,ハブの毒成分は,多種類の蛋白質からなり,出血作用,壊死作用,血管透過性亢進作用,血液凝固促進または抑制作用,神経毒性などをもつ.これらの毒成分により,咬傷部の局所症状と全身症状が出現する.局所症状としては,疼痛,腫脹,軟部組織の壊死が,全身症状としては,出血傾向,ミオグロビンや微小血栓形成による急性腎不全,血管透過性亢進による循環血液量の減少,DICなどが認められる.神経毒性としては,眼症状として複視や霧視がある.
臨床症状
各毒蛇咬傷の症状を表16-2-3に示す.マムシ咬傷では,受傷直後から,局所の強い疼痛が生じ,30分前後から腫脹が体幹方向に拡大する.腫脹の程度は表16-2-4のように分類されており,早いときには数時間で,遅いときには1日以上かかって一肢全体に進行する.腫脹はハブ咬傷ほど強くはないため,コンパートメント症候群による横紋筋融解は比較的少ない.血管に毒が注入されたケースでは血小板が1時間以内に1万/μL以下に急激に減少し,全身性の出血を生じることがある.ヤマカガシ咬傷では,咬傷後に一過性の激しい頭痛が生じるが,局所の腫脹や疼痛はほとんどなく,全身症状としての出血傾向がおもな症状である.ハブ咬傷では,電撃性の疼痛が持続し,腫脹が強く,コンパートメント症候群を生じやすく,減張切開が必要となることも多い.
診断
マムシは上顎の先端に2本の長い毒牙をもっているため,牙痕は針で刺したような痕が1つまたは1 cm前後の間隔で2つみられる.ヤマカガシは上顎の奥に毒牙があるため,顎の深い部分で咬まれなければ,毒液は注入されない.マムシ咬傷で血管内に直接毒が注入された場合には,腫れが軽度でヤマカガシ咬傷と類似するが,マムシでは血小板減少が高度であるのに対して,ヤマカガシではフィブリノゲンの減少が主体となる.ハブ咬傷では,咬傷部が受傷から30分くらい経過してもまったく腫れない場合は,ハブ咬傷ではないか,毒が組織内に入らなかったことを意味する.
治療
以前から経験的に,中枢側の緊縛,局所の切開・吸引,冷却などが行われてきたが,現在では否定的とされている.ただし,咬まれた直後に,現場にて咬傷専用の携帯型吸引器(Extractor)などを用いて,咬傷部の毒を吸引することは,ある程度有効と考えられる.いずれの毒蛇咬傷においても,咬傷部を生理食塩水で十分に洗浄し,輸液を開始して,腫脹や血管透過性亢進による体液の喪失を補い尿量の確保に努める.各蛇毒に対する抗毒素を投与する際は,アナフィラキシーショックと血清病に注意が必要で,アナフィラキシー予防のために,投与前にステロイド薬と抗ヒスタミン薬を投与すべきとの考えもある.抗毒素投与の際には,アナフィラキシーショックが生じる可能性を考え,気道確保やアドレナリンの準備も必要である.各蛇毒咬傷に対する治療について,表16-2-5にまとめる.[岩崎泰昌]
■文献
岩崎泰昌,大谷美奈子:自然毒.中毒学—基礎・臨床・社会医学—(荒木俊一編),pp176-181,朝倉書店,東京,2002.上條吉人:臨床中毒学(相馬一亥監修),pp498-506,医学書院,東京,2009.堺 淳:ヘビ.中毒症のすべて(黒川 顕編),pp252-257,永井書店,東京,2006.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報