日本大百科全書(ニッポニカ) 「比較美学」の意味・わかりやすい解説
比較美学
ひかくびがく
comparative esthetics
この名称によって、さすことのできる研究はさまざまであるが、とくに比較芸術学と区別された意味では、相異なる芸術ジャンルを互いに比較対照し、それぞれの独自性や共通性、さらには相補性などを明らかにしようとする学問をいう。音楽と建築やアラベスク、音楽と文学などの関係を対象とする研究がそれである。このような比較美学を主張している代表者は、現代フランスの美学者E・スリオであるが、古典的な形態としては詩画論があるので、まずそれを取り上げよう。
[佐々木健一]
近世の詩画論
「詩は絵のように」を意味する“ut pictura poesis”という詩句が、古代ローマの詩人ホラティウスの『詩学』(361行目)にあり、またプルタルコスの伝えた古代ギリシアの詩人シモニデスのことばに「絵は黙せる詩、詩はものいう絵」という一句がある。詩と絵画を結び付けるこれらのことばは、まず16世紀の絵画論のなかで取り上げられ、絵画が詩と同等の高貴さをもつ仕事であるという主張の裏づけとされた。それと同時に、権威となる古典をもたなかった絵画論に、詩学や修辞学の古典的理論を応用する試みがなされ、絵画制作においても、詩(叙事詩や劇詩)に類するジャンルとしての歴史画を重んじる考えが定着した。体系的な詩画論が展開されるのは18世紀のことである。すでにレオナルド・ダ・ビンチの示したのと同じ見解にたち、詩と絵画を人為的記号と自然的記号という対概念でとらえたのは、フランスの美学者J・B・デュ・ボスである。この思想はイギリスのハリス、ドイツのレッシングに受け継がれ、後者の著『ラオコーン』(1776)はM・メンデルスゾーンやヘルダーの論議を呼び起こし、詩画論の古典となった。
[佐々木健一]
比較美学のもろもろの可能性
詩と音楽との関係は、とくに16世紀以後、歌曲やオペラの論のなかで考察された。また音楽と絵画の関係では、ニュートンの『光学』(1704)をきっかけとして、色彩と楽音の平行性を追求する試みもあった。比較美学の扱う現象の根底には、連想と共感覚(ランボーの詩『母音』)がある。すべての芸術の本質として「詩」や「音楽」が語られるのも、連想や共感覚に基づくものであるが、とくに、小説を読んで楽想を得るというような、創作上でのその現象は重要である。建築に音楽を要求したバレリーは、レオナルドの万能性に注目して、精神の根源的な創造活動をとらえようとしていた。また、芸術現象そのもののなかにも、ワーグナーの「総合芸術」の理念や、現代の前衛(空間構成と音を結合するクセナキスや「環境音楽」など)に、比較美学的な現象が認められる。東洋においても、詩と絵画の補完性は南画の伝統のなかで追求されてきた事柄である。
[佐々木健一]
『レッシング著、斎藤栄治訳『ラオコーン』(岩波文庫)』▽『吉岡健二郎著『比較美学』(今道友信編『講座美学3 美学の方法』所収・1984・東京大学出版会)』▽『中森義宗編『絵画と文学――絵は詩のごとく』(1984・中央大学出版部)』▽『M・プラッツ著、前川祐一訳『記憶の女神ムネモシュネ』(1979・美術出版社)』▽『J・マイヤーズ著、松岡和子訳『絵画と文学』(1980・白水社)』▽『E・スリオ著、新田博衞訳『造形藝術における時間』(新田博衞編『藝術哲学の根本問題』所収・1978・晃洋書房)』▽『E・シュタイガー著、芦津丈夫訳『音楽と文学』(1967・白水社)』