最新 心理学事典 「比較認知発達」の解説
ひかくにんちはったつ
比較認知発達
comparative cognitive development
【近縁種間比較】 進化的に近縁な種を比較することによって,共通する性質は祖先に由来し,独自の性質は祖先から分かれた後に獲得したと考えることができる。とくに,化石のような痕跡が残らない認知機能や,その発達について進化的な起源を探るためには,系統的に近縁な現生種の比較が重要となる。また,遠縁な種を比較することによって,生活環境のどのような要因が心の働きを決定しているか,という心の働きの生態学的制約についても明らかにすることができる。ただし,遠縁な種での比較研究は,共通の尺度をもつことが難しく,実際には研究例がきわめて少ない。
ヒトの場合には,最も近縁な現生種としてチンパンジーとの比較が行なわれることが多い。ヒトとチンパンジーの遺伝子配列の違いはわずか1.23%といわれている。さらに,チンパンジーの近縁種であるボノボも含めた比較認知研究を行なうことで,ヒトの心の進化について探ることができる。チンパンジーの認知能力については,現在までに多様な研究が行なわれ,ヒトとの類似性も多く発見されている。一方で,種間比較によって明らかになった差異から,ヒトに固有な認知機能も解明されつつある。また,発達心理学の研究手法を近縁種間比較に用いることで,比較認知発達という新しい学問分野ができた。ヒトと近縁なチンパンジーの発達過程を対面発達検査などの方法で直接比較することにより,認知能力の獲得の有無だけでなく,発達の時期や機序についても明らかにすることができる。
【臨界期critical period】 個体の発達過程において,特殊な学習が行なわれる時期。ある一定の期間だけ,学習が容易に成立し,学習のやり直しが非常に困難(非可逆的)であるという特徴をもつ。時間的限定や効果の強さを緩めた意味で敏感期ともいわれる。ローレンツLorenz,K.Z.によって発見された刷り込みimprintingが典型的な事例とされる。早成性の鳥類では,孵化後数時間から数十時間くらいまでの間に見た,適度な大きさの物に追従する親子刷り込みという現象が知られている。適切な時期に,適切な内容だけを,適切な方法で学ぶという効率的ではあるが,あらかじめプログラムされ制約が加わった学習といえる。一方,ヒトやその近縁種では,学習の内容が複雑で高度なため学習の自由度が求められるものの,ある程度の生物学的制約があると考えられている。たとえば,野生チンパンジーが行なう道具使用の中で,最も階層的に複雑な構造をもつとされるナッツ割り行動の発達過程において,臨界期の存在が示唆されている。ギニア・ボッソウのチンパンジーは3歳半ころから石器を使ってナッツを割るようになるが,7~8歳ころまでに学習の機会がない場合は,その後にこの行動を獲得するのは非常に困難となる。
【テスト・バッテリーtest battery】 発達検査などで用いられる手法で,テスト項目を複数組み合わせて評価の精度を上げたもの。個別の認知機能を測る課題をバッテリーとして組み合わせることで,発達を総合的に評価することができ,さらに領域ごとの発達段階を調べることができる。たとえば,新版K式発達検査では,姿勢・運動,認知・適応,言語・社会という三つの領域分類がなされ,合計321の検査項目がある。これらのうち,非言語的な動作課題として実施できる項目については,直接比較のための尺度としてヒト以外の霊長類にも適応することが可能である。比較認知発達研究から,姿勢・運動の領域については,ヒトとそれ以外の霊長類に共通の発達段階があり,発達の時期を直接比較するとヒトの発達の方がゆっくりであった。ただし,物を操作する能力と姿勢反応の発達段階との関連を見ると,姿勢反応の同一段階における操作行動の多様性・複雑性のレベルは,ニホンザル<チンパンジー<ヒトの順に高くなるという発達の時期のずれが見られた。その他の領域では,言語の獲得や,社会的な参照や模倣が必要な課題においてヒトとチンパンジーの種差が大きく現われることが明らかになった。発達障害においても領域固有の障害が見られることもあり,多角的にテスト項目を組み合わせた発達尺度の重要性が指摘できる。
【あおむけ姿勢】 ヒトの赤ん坊は,あおむけにすると生後5ヵ月ころまでは自力で寝返ることができない。ニホンザルの赤ん坊は,あおむけにされると手足を動かしているうちに寝返ってしまうこともある。チンパンジーの赤ん坊は,生後2ヵ月ころまでは自分で寝返ることはないが,声を出して手足をばたつかせるなど安定しない。ニホンザルやチンパンジーでは,赤ん坊が母親にしがみつく力をもっていて,しがみつく力が弱い場合には母親が手を添えることもあり,つねに身体接触がある状態が保たれている。ヒトの赤ん坊の場合は,母親が両手・両腕で抱かなくてはならず,必要でないときには赤ん坊を傍らに置くこともある。赤ん坊のほうも,母親との身体接触がなくてもあおむけで安定した姿勢を発達させる。あおむけの赤ん坊に対して,空間的な隔たりがあっても周囲のおとなが表情と声で交流をもち,さらに物を介してかかわることで,ヒトの赤ん坊に固有な認知発達が促進されていると考えられる。あおむけやお座りは,言語獲得の端緒となるだけでなく,重力に対して体を支える機能から手が解放され,物を両手で操作するなどの行動や関連する認知機能の初期発達にも関与する重要な意味をもつ姿勢であることが明らかになった。 →生態学的制約 →チンパンジー →認知発達
〔林 美里〕
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