改訂新版 世界大百科事典 「民衆詩派」の意味・わかりやすい解説
民衆詩派 (みんしゅうしは)
1917年(大正6)ころから約10年間,詩壇に一地歩を占めていた民主主義的詩人の一派で,民衆の生活や心を日常語で平易に表現した。16年ころから詩壇に庶民的傾向が現れ,18年1月に福田正夫を中心とした雑誌《民衆》が創刊されてその傾向をおし進めたが,18年3月ころから民衆派・民主派の名称がこの傾向の一派に与えられ,その後,これらと同義の民衆詩派という名称も流布するようになった。この派の詩人には,福田正夫,白鳥省吾(しろとりせいご),百田宗治(ももたそうじ),富田砕花,井上康文,花岡謙二らがおり,加藤一夫も協力した。大正デモクラシーを反映した一派で,口語自由詩の必然的展開の上に位置しているが,福田や白鳥の作品は北原白秋から散文的だと批判されたこともあった。百田の《ぬかるみの街道》(1918),白鳥の《大地の愛》(1919)などの詩集や,《民衆芸術選》(1920)などの詞華集がこの派の特色を示している。福田訳《トラウベル詩集》(1920),富田訳《カアペンタア詩集》(1920)もこの派の業績である。
→民衆芸術論
執筆者:乙骨 明夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報