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汎アメリカ会議 はんアメリカかいぎPan-American conferences

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

汎アメリカ会議
はんアメリカかいぎ
Pan-American conferences

南北アメリカ大陸の独立国家のすべてまたは一部の代表間で開かれる,さまざまな会議。1826~89年に,国防や司法の共通問題を協議するため米州諸国間で開催された一連の首脳会議が発端となった。1889~90年アメリカ合衆国国務長官ジェームズ・G.ブレーンの提唱により開催された第1回米州会議で,ワシントン・コロンビア特別区に本部を置くアメリカ国際共和国連合(のちの汎アメリカ連合)が設立された。以降の会議では,経済的主張や領土権の主張の仲裁,犯罪者の身柄引き渡し,国際法の成文化,著作権,特許,商標,外国人および外交官の地位などの共通課題を扱った。1936年には,フランクリン・D.ルーズベルト大統領の要請によりアルゼンチンのブエノスアイレスで平和のための特別汎アメリカ会議が開かれ,米州諸国間の紛争の平和的解決を目指す条約草案が採択された。1938年にペルーのリマ,1945年にメキシコシティーのチャプルテペック,1947年にブラジルのペトロポリス近郊で開催された会議では,米州の防衛,相互援助,連帯について協議した。1948年アメリカの主導によりコロンビアのボゴタで開催された第9回米州会議で,汎アメリカ連合は米州機構 OASに再編された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

汎アメリカ会議
はんあめりかかいぎ
Pan-American Conference

19世紀末以来、アメリカ合衆国を中心に西半球における協力や交流を促進したり、この地域の問題の解決を図るために開かれた米州諸国の会議。米州諸国会議(または単に米州会議)ともいう。1889年アメリカのJ・ブレーン国務長官が、中南米諸国との通商拡大や紛争の平和的処理法の協議のためにワシントンで最初の会議を開催。米州諸国の協力、交流の促進を図るため、米州共和国国際事務局(のちに汎アメリカ連合Pan-American Union)が設立され、汎アメリカ主義の活動が始まった。その後第2回メキシコ市(1901)、第3回リオ・デ・ジャネイロ(1906)、第4回ブエノス・アイレス(1910)、第5回サンティアゴ(1923)、第6回ハバナ(1928)、第7回モンテビデオ(1933)、第8回リマ(1938)、第9回ボゴタ(1948)と回を重ね、ボゴタ会議において米州機構(OAS)に継承された。この間、種々の実務的取決めや学術文化交流などの協定が成立し、西半球における紛争解決や平和維持についても努力がなされた。とくにモンテビデオ会議ではアメリカが内政干渉権の廃棄を認め、リマ会議では西半球の共同防衛が宣言された。さらに1936年と45年にも、ブエノス・アイレスとメキシコのチャプルテペックで米州諸国の特別会議が開催された。
 なお以上とは別に、1826年パナマにおいて、独立達成まもない中南米諸国の間で、シモン・ボリーバルの指導下に防衛の協力を図るため汎アメリカ会議が開かれ、以後、中南米諸国は必要に応じ、1847年、56年、64年に共同防衛を意図した会議を開催した。[新川健三郎]

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