江口三省(読み)えぐちさんせい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「江口三省」の意味・わかりやすい解説

江口三省
えぐちさんせい
(1858―1900)

明治時代政治家、自由民権運動家。土佐高知県出身。初め板垣退助(たいすけ)らの立志社が開発した教育機関立志学舎で学び、その後上京して語学政治学、経済学などを修め、自由党左派の指導的立場にたった。また大同団結運動の時期には大阪倶楽部(くらぶ)の機関紙『東雲(しののめ)新聞』(1888年1月創刊)にかかわり、1891年(明治24)4月創刊の『自由』(立憲自由党の機関紙『自由新聞』を板垣らが改題したもの)の社務にあたった。1892年の第2回総選挙に小松三省の名で高知県から立候補し当選、第3回、第4回の総選挙にも当選した。しかし、党の権力への妥協の姿勢に反発して1900年(明治33)札幌に渡り、没した。著訳書も多く、とくにヘンリージョージの訳書『社会問題』(1892)は党の政策にも影響を与えた。

[猪飼隆明]

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関連語 生年月日 経歴

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「江口三省」の解説

江口 三省
エグチ サンセイ


肩書
衆院議員(自由党)

生年月日
安政5年(1858年)

出生地
土佐国(高知県)

経歴
上京して語学、政治、経済学を修めた。長年新聞記者として活躍。明治25年第2回衆院選に小松三省の名で高知県から当選、第3、第4回にも当選した。しかし自由党の妥協化にあきたらず、33年札幌に渡った。著書も多く、ヘンリー・ジョージの訳書「社会問題」は転換期の自由党に影響を与えた。

没年月日
明治33年

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「江口三省」の解説

江口三省 えぐち-さんせい

1858-1900 明治時代の政治家。
安政5年10月9日生まれ。自由民権運動土佐派の指導者のひとり。「東雲(しののめ)新聞」などの記者をつとめる。明治25年衆議院議員(当選3回,自由党)。党の権力への妥協を批判し政界引退。訳書「社会問題」(ヘンリー=ジョージ著)で知られた。明治33年12月27日死去。43歳。土佐(高知県)出身。姓はのち小松。

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367日誕生日大事典 「江口三省」の解説

江口 三省 (えぐち さんせい)

生年月日:1858年10月9日
明治時代の新聞記者;政治家。衆議院議員
1900年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の江口三省の言及

【東雲新聞】より

…1888年(明治21)1月15日旧自由党員寺田寛や戸田猛馬らが1887年12月の保安条例で東京を追放された中江兆民を主筆に迎えて大阪で創刊した新聞。編集陣には栗原亮一や江口三省らを擁し,有力な政論新聞であった。条約改正問題,大同団結運動などに鋭い論陣をはったほか,被差別部落の解放にも力を尽くした。…

※「江口三省」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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