汪洋(読み)オウヨウ

デジタル大辞泉の解説

おう‐よう〔ワウヤウ〕【×汪洋】

[ト・タル][文][形動タリ]
水量が豊富で、水面が遠く広がっているさま。
「―として光っている大河」〈二葉亭訳・片恋
ゆったりとしたさま。広々と大きいさま。「汪洋たる宇宙

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大辞林 第三版の解説

おうよう【汪洋】

( トタル ) [文] 形動タリ 
(海や河などの)水量が豊富で、広々としているさま。ゆったりとして広大なさま。 「 -として光つてゐる大河へ/片恋 四迷」 「 -たる詞海想海の何処に漂ふとも/思出の記 蘆花

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

汪洋
おうよう / ワンヤン
(1955― )

中国の政治家。安徽(あんき)省宿(しゅく)県(現、宿州市)の貧困家庭に生まれた。1975年8月に中国共産党に入党。1979年には中央党校理論宣伝幹部班に抜擢(ばってき)された。1980年宿県に戻り、1982年から共産主義青年団(共青団)安徽省委員会宣伝部長に、1983年には共青団省委員会副書記に抜擢された。1992年から1999年までは安徽省の指導者として党委副書記をはじめ要職についた。1993年に最年少で副省長就任。1999年に中央に抜擢され、国家発展計画委員会副主任、2003年3月、温家宝(おんかほう)内閣のもとで国務院副秘書長となり国務院弁公庁の日常業務を担当。また国務院三峡(さんきょう)工程建設委員会委員などを兼任。2005年重慶(じゅうけい)市党委書記、2007年12月からは広東(カントン)省党委書記に就任し、中央政治局員にもなった。
 これらの目覚ましい昇進は、安徽省での共青団の活動を高く評価した胡錦濤(こきんとう)の抜擢とみられていた。しかし、その後の活動をみれば汪洋は派閥性の強い人物のようにはみえない。2008年11月、リーマン・ショックによる世界的な景気後退を受けて、衰退産業を省外に出して質の高い成長への路線転換を行う「騰籠換鳥(とうろうかんちょう)」を提起した。中小企業の切捨てや失業者対策の事実上の軽視から首相温家宝と対立。2009年7月、国内総生産(GDP)成長率を8%死守(「保八」)の温家宝路線に対し、「GDPの数値はあまり重視していない」「不景気なときに成長が鈍るのは当然」と発言し、構造改革や産業の淘汰(とうた)を強調した。これらは広東モデルとよばれ、やがて汪洋の評価につながった。2012年の第18回党大会で党中央政治局委員になり、2013年春に国務院副総理となった。一見、国務院総理李克強(りこくきょう)の右腕として貢献していたかにみえたが、2017年の第19回党大会で共青団系の中央指導者が次々と失脚ないし影響力削減にあうなかで、汪洋の地位は上昇し政治局常務委員に選出され、2018年3月には政治協商会議主席に指名された。一説には、上海(シャンハイ)派創設の中心メンバーである汪道涵(おうどうかん)(1915―2005)の甥(おい)として紹介している報道もある。[天児 慧]

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精選版 日本国語大辞典の解説

おう‐よう ワウヤウ【汪洋】

[1] 〘形動タリ・ナリ〙
① 水が豊かで、水面が広々としているさま。汪汪。洋洋。
※米欧回覧実記(1877)〈久米邦武〉一「長流巨浸の浩滔汪洋なる、世界第一なる所以のもの、一望に尽すべからず」
※軍艦茉莉(1929)〈安西冬衛〉河口「汪洋とした河を屋根屋根の向ふに想像して」
② 広く大きいさま。ゆったりとしたようす。〔岷峨集(1313‐28頃)〕
※いさなとり(1891)〈幸田露伴〉九〇「彦右衛門天地の惨澹たるを認めて光明汪洋たる宇宙に逍遙しあたはず」
[2] 〘名〙 広がること。
※日本詩史(1771)三「余波及翰墨者、汪洋于弘仁天暦間

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