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汪洋 オウヨウ

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デジタル大辞泉の解説

おう‐よう〔ワウヤウ〕【×汪洋】

[ト・タル][文][形動タリ]
水量が豊富で、水面が遠く広がっているさま。
「―として光っている大河」〈二葉亭訳・片恋
ゆったりとしたさま。広々と大きいさま。「汪洋たる宇宙」

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大辞林 第三版の解説

おうよう【汪洋】

( トタル ) [文] 形動タリ 
(海や河などの)水量が豊富で、広々としているさま。ゆったりとして広大なさま。 「 -として光つてゐる大河へ/片恋 四迷」 「 -たる詞海想海の何処に漂ふとも/思出の記 蘆花

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

汪洋
おうよう / ワンヤン
(1955― )

中国の政治家。安徽(あんき)省出身。中国科学技術大学大学院卒。中国共産主義青年団(共青団)派の主要メンバー。貧しい労働者家庭の三男として生まれ、中学を卒業したときに父親が病没したため、進学をあきらめ食品工場に就職した。勤勉さが評価され、地元の幹部候補生学校で研修したのち同学校の教師となった。1981年に地元の共青団党委員会副書記に抜擢(ばってき)され、北京(ペキン)の中央党学校の幹部養成コースで約1年研修した。そのときに胡錦濤(こきんとう)と知り合い、以降、胡の側近となった。1988年に銅陵(どうりょう)市長に選出された。1992年、南巡して北京に戻る途中の最高実力者の小平(とうしょうへい)と出会い、自分の改革構想を紹介したところ、高い評価を得た。北京に戻った小平は、国務院総理(首相)朱鎔基(しゅようき)に対し「安徽省の汪洋に思想があり、養成するとよい」と、推挙した。翌1993年、全国でもっとも若い副省長として昇任。2005年重慶市党委員会書記、2007年から政治局委員、広東(カントン)省党委員会書記。改革派として知られ、経済建設で多くの実績を残したが、保守派から攻撃されることもしばしばあった。重慶市書記の後任の薄煕来(はくきらい)(1949― )との対立は有名。日本との友好関係を強調する発言が多く親日派としても知られる。2012年秋の党人事で最高指導部入りすると目されたが、保守派の長老らの反対で実現しなかった。2013年春に国務院副総理(副首相)に就任した。[矢板明夫]

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