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胡錦濤 こきんとうHu Jin-tao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

胡錦濤
こきんとう
Hu Jin-tao

[生]1942.12. 上海
中国の政治家。 1964年中国共産党に入党,1965年清華大学卒業。専門の水利学を生かし甘粛省水利部門などに技師として勤務。当時甘粛省党委員会書記だった宋平・元政治局常務委員に見出され,1982年中国共産主義青年団 (共青団) 甘粛省委員会書記に就任し,党活動専任に転じる。 1984年共産主義青年団中央書記局第1書記,1985年貴州省党委員会書記,1988年チベット自治区党委員会書記を歴任。 1992年の第 14回中国共産党全国代表大会 (党大会) 後に中央政治局常務委員に抜擢され,1998年第9期全国人民代表大会 (全人代) 第1回会議で国家副主席,2002年第 16回党大会後に党中央委員会総書記,2003年第 10期全人代第1回会議で国家主席に選出され,中国の党機関と国家機関のトップに就任した。 1993年以降中国共産党中央党校の校長,1999年以降中国共産党中央軍事委員会副主席を務める。

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デジタル大辞泉の解説

こ‐きんとう〔‐キンタウ〕【胡錦濤】

[1942~ ]中国の政治家。安徽省出身。清華大学卒業。1964年中国共産党入党。1992年政治局常務委員、1998年国家副主席、2002年党総書記に就任。2003年国家主席に選出され、2005年3月国家中央軍事委員会主席に就任、党・国家・軍の三権掌握。2012年、党総書記・中央軍事委員会主席を退任後任習近平。フー=チンタオ。

フー‐チンタオ【胡錦濤】

こきんとう(胡錦濤)

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百科事典マイペディアの解説

胡錦濤【こきんとう】

中国の政治家。2002年中国共産党総書記,2003年国家主席。上海生れ。1964年入党。清華大学水利工程学部卒業後,ダム建設などに従事し,1984年胡耀邦総書記に知られ共産主義青年団中央の第一書記,翌年党中央委員。1988年チベット自治区党委書記となり,翌年のチベット独立運動を鎮圧し,他方で経済開発を推進,党中央に評価されて1992年中央書記局書記,1998年国家副主席。2002年江沢民に代わって党総書記,翌年国家主席に就任,首相は温家宝。謙虚で実務を重視するタイプの政治家と評された。2008年国家主席に再任。中国首脳としては10年ぶりに訪日し,小泉政権とのあいだで途絶えていた首脳外交を復活。国内的には和諧社会をスローガンに高度経済成長のひずみ是正に取り組む姿勢を明らかにした。同年北京オリンピック開催を成功させたが,オリンピック開催準備中にチベット族への人権抑圧などに抗議する運動が世界中で展開され,また2009年7月には,新疆ウィグル自治区のウルムチで,ウィグル族と漢族の大規模な衝突が起こり,イタリアのラクイラでのサミットから急遽帰国を余儀なくされるなど,少数民族問題,人権問題をはじめ山積する国内問題の対処に追われた。さらに国際的にも,世界経済の中心を担う中国は,地球温暖化対策など地球的規模での課題への新たな取り組みが求められた。胡錦濤体制は2010年の上海万博を成功させ,世界第二位の経済力を背景に財政危機に苦しむEU諸国の支援にも乗り出し,同時に,軍備増強と国家核心利益を主張して,周辺諸国に大国としてのプレゼンスを強めている。国内的にも,2010年のノーベル平和賞問題に見られるように,言論統制を一段と強めた。任期最終年の2012年は,尖閣諸島問題で日本との緊張関係を生み出すなど外交面での課題を残しながら,胡錦濤体制が国際的・国内的にどのような政治的舵取りをして後継を有力視される習近平に引き継ぐのか,また退任後にその後影響力を確保しうるのか注目された。2012年11月の党大会で,党トップの総書記と軍トップの党中央軍事委員会主席の座を習近平に譲り,2013年3月の全国人民代表大会で,習近平が国家主席に選出され,権力委譲プロセスは終了した。胡錦濤自身が押す李克強が温家宝の後を継いで首相に就任した。胡錦濤の出身母体である共産主義青年団(共青団)幹部の出身からは,李源潮が国家副首席に就任したことが注目された。習近平体制の形成では保守派の江沢民前国家主席が依然として大きな影響力を行使したとされるが,この人事は,胡錦濤が4年半後の次回党大会で共青団の影響力を挽回するための布石と見られている。
→関連項目中華人民共和国中国国民党薄熙來南スーダン

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

胡錦濤
こきんとう / フーチンタオ
(1942― )

中国の政治家。安徽(あんき/アンホイ)省績渓(せきけい)県出身。1964年中国共産党入党。北京(ペキン)清華大学卒業。1984年共産主義青年団第一書記。1985年党中央委員。同年貴州(きしゅう/コイチョウ)省党書記(1988年まで)。1988年チベット自治区党書記(1992年まで)。1992年政治局常務委員。1997年政治局常務委員第4位。1998年国家副主席。朱鎔基(しゅようき/チューロンチー)を筆頭とする清華大学グループのテクノクラートで、胡耀邦(こようほう/フーヤオパン)、喬石(きょうせき/チャオシー)(1924―2015)、宋平(そうへい/ソンピン)(1917― )ら党内有力者の後押しがあり、スピード出世したという。「第四世代」に属し、江沢民(こうたくみん/チアンツォーミン)の後継者の有力な一人と目された。2002年11月党総書記に就任。2003年3月の第10期全国人民代表大会第1回会議で国家主席に選出された。2004年9月党の中央軍事委員会主席、2005年3月国家中央軍事委員会主席に就任、これにより党・国家・軍の三権を掌握した。2007年10月党総書記、2008年3月国家主席に就任した。[渋谷 司]
『ウィリー・ラム著、相馬勝訳『新皇帝・胡錦濤の正体――中国第4世代指導者の素顔と野心』(2002・小学館) ▽辻康吾監修、祁英力著、おうちすえたけ編訳『胡錦濤と現代中国』(2002・勉誠出版) ▽NHK「中国」プロジェクト編著『21世紀中国はどう変貌するか』(2003・日本放送出版協会) ▽許介鱗・村田忠禧編『現代中国治国論――蒋介石から胡錦濤まで』(2004・勉誠出版) ▽矢吹晋著『中国の権力システム――ポスト江沢民のパワーゲーム』(平凡社新書)』

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