河井酔茗(読み)カワイスイメイ

デジタル大辞泉 「河井酔茗」の意味・読み・例文・類語

かわい‐すいめい〔かはゐ‐〕【河井酔茗】

[1874~1965]詩人本名、又平。大阪の生まれ。文庫派中心として多く後進育成詩集無弦弓」「塔影」「」、随筆酔茗詩話」、評論明治代表詩人」など。

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精選版 日本国語大辞典 「河井酔茗」の意味・読み・例文・類語

かわい‐すいめい【河井酔茗】

  1. 詩人。大阪府出身。文庫派の代表詩人。作風は平明温雅。のち口語詩、自由詩に転じ、近代散文詩の先駆となる。詩集「無弦弓」「塔影」「霧」。明治七~昭和四〇年(一八七四‐一九六五

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「河井酔茗」の意味・わかりやすい解説

河井酔茗
かわいすいめい
(1874―1965)

詩人。本名又平。大阪府堺(さかい)市北旅籠(きたはたご)町に生まれる。早くより詩文に目覚め、『少年文庫』『いらつめ』の投書家として出発、滝沢秋暁(しゅうぎょう)、高瀬文淵(ぶんえん)の推輓(すいばん)により『文庫』記者となる。主としてその詩欄を担当して青年詩人を育成しつつ、詩集『無弦弓』『塔影』、詞華集『青海波』などを刊行。『文庫』の中心的存在として小島烏水(うすい)、千葉亀雄らとともに全盛時代を築いた。1907年(明治40)詩草社を結成して『詩人』を刊行、以後、女子文壇社、婦人之友社の編集に携わりつつ女性詩人への啓蒙(けいもう)活動を行う。30年(昭和5)島本久恵と『女性時代』を創刊、37年芸術院会員となった。第二次世界大戦後は塔影詩社をおこして『塔影』を創刊した。その詩作は叙情性豊かな新体詩から始まり口語自由詩発展に先鞭(せんべん)を与え、生涯、詩を守り続けた。著作は前記のほか『酔茗詩集』『明治代表詩人』『酔茗詩話』『酔茗随筆』、『文庫詩集』(編著)など。

[近藤信行]

『『明治文学全集59 河井酔茗他集』(1969・筑摩書房)』『島本久恵著『長流 第4・5・6・8巻』(1961~62・みすず書房)』

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20世紀日本人名事典 「河井酔茗」の解説

河井 酔茗
カワイ スイメイ

明治〜昭和期の詩人



生年
明治7年5月7日(1874年)

没年
昭和40(1965)年1月17日

出生地
大阪府堺市北旅籠町

本名
河井 又平

別名
幼名=幸三郎

学歴〔年〕
東京専門学校中退

経歴
少年時より、新体詩に親しみ、「少年文庫」(後「文庫」)に詩を発表。明治28年同誌の記者に推され詩欄を担当し、小島烏水、北原白秋など多くの新人の輩出に尽した。40年「文庫」を辞し、詩草社を創立して「詩人」を発刊、口語自由詩運動を推進した。大正2年それまで主宰していた「女子文壇」を退き、婦人之友社に入社。12年退社。昭和5年女性時代社(後の塔影詩社)を創立。女流詩人の育成指導に当る。12年芸術院会員に。詩集に「無弦弓」「塔影」「花鎮抄」、評論に「明治代表詩人」など。

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改訂新版 世界大百科事典 「河井酔茗」の意味・わかりやすい解説

河井酔茗 (かわいすいめい)
生没年:1874-1965(明治7-昭和40)

詩人。堺市生れ。本名又平。東京専門学校中退。少年時より新体詩に親しみ《少年文庫》,その後身の《文庫》等に詩を発表。上京してのち長らく《文庫》の詩の選者となり,多くの新人たちの輩出に尽くす。また口語詩運動に寄与した詩誌《詩人》(1907年6月-08年5月)を刊行し,明治の詩壇にエポックを作った。自らの詩風は温厚篤実,平明な中に情熱と自然愛が横溢し,かつわき目もふらず明治・大正・昭和の3代にわたって詩一筋に生きた。詩壇の草の根的な存在は貴重である。日本近代詩の先達,指導者として芸術院会員もつとめ,90歳をすぎても詩作に励んだ。代表詩集に《無弦弓》(1901),主宰した塔影詩社の名の出所ともなる《塔影》(1905),《酔茗詩集》(1923),評論集《明治代表詩人》(1937),その他多くの著作がある。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「河井酔茗」の意味・わかりやすい解説

河井酔茗【かわいすいめい】

詩人。本名又平。堺市生れ。東京専門学校中退。自らも詩を発表していた,小説,詩,短歌等の投稿雑誌《文庫》の記者となり長く詩欄を担当,同誌は北原白秋川路柳虹ら,多くの詩人を輩出した。また自らも雑誌《女性時代》,口語自由詩運動を推進することになる詩誌《詩人》を刊行するなど近代詩の発展に寄与した。詩集《無弦弓》《塔影》《酔茗詩集》など。
→関連項目伊良子清白横瀬夜雨

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河井酔茗」の解説

河井酔茗 かわい-すいめい

1874-1965 明治-昭和時代の詩人。
明治7年5月7日生まれ。28年「文庫」の記者となり,詩欄を担当。「無弦弓」「塔影」と浪漫的な定型詩集を発表し,43年の「霧」から口語自由詩へとうつる。昭和5年妻島本久恵とともに「女性時代」を創刊し,女性詩人を育成。24年「塔影」を創刊,主宰。芸術院会員。昭和40年1月17日死去。90歳。大阪出身。東京専門学校(現早大)中退。本名は又平。詩集はほかに「紫羅欄花(あらせいとう)」など。
【格言など】禍来たらば 詩に慰むべし 心さびしき時は 詩を祭るべし(辞世)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「河井酔茗」の意味・わかりやすい解説

河井酔茗
かわいすいめい

[生]1874.5.7. 大阪
[没]1965.1.17. 東京
詩人。本名,又平。投稿文芸誌『文庫』 (1895~1910) の詩欄を担当し多くの新人を育てた。詩風は清雅な抒情に特色があり,口語自由詩運動を推進した。 1900年上京,翌年処女詩集『無弦弓』を発表。おもな著作に『塔影』 (05) ,『霧』 (10) ,『弥生集』 (21) などがある。

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367日誕生日大事典 「河井酔茗」の解説

河井 酔茗 (かわい すいめい)

生年月日:1874年5月7日
明治時代-昭和時代の詩人
1965年没

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