英語のフリー・バースfree verse,フランス語のベール・リーブルvers libreの直訳から用いられた言葉。しかし日本の詩における〈自由詩〉は,西洋の詩といちじるしく違っている。イギリス,アメリカの詩では,韻律と脚韻の伝統的な定型に従うことなく,その音韻的効果としては,もっと他の要素(たとえば類音,頭韻,全体の抑揚cadence)に依存する詩である。これを意識的にこころみたのは,フランス象徴派の詩人たちであった。もっとも,ヨーロッパの古い詩,ことにアングロ・サクソン語の詩は,一種の自由詩といえるかもしれない。しかし,近代で〈自由詩〉というときには,その創始者としてウォルト・ホイットマンをあげるべきであろう。そしてホイットマンとフランス象徴派の影響によって,自由詩ということをまっこうから唱えたのは,イマジズムの旗じるしをかかげた1910年代の英米の詩人たちで,この傾向は1920年代から30年代にかけてひじょうに強くなった。ことにイマジズムの深く浸透したアメリカ詩壇に,それが明白にあらわれている。エーミー・ローエル,ジョン・グールド・フレッチャーなどのイマジスト詩人のほか,カール・サンドバーグ,エドガー・リー・マスターズ,イマジズムの影響をうけたウィリアム・カーロス・ウィリアムズ,マリアン・ムーア,エドワード・エストリン・カミングズなどは,いずれも大胆な自由詩を書いた。しかし,その後になって,脚韻,韻律,連の定型が新しく復活している兆候もイギリスなどにみられる。いずれにせよ,自由詩といっても,詩の音韻的要素を否定しているのではない。だから,フリー・バースあるいはベール・リーブルを〈自由詩〉と訳すのは誤りというべきで,むしろ〈自由律〉と称すべきであろう。
日本の場合は,川路柳虹などの口語詩がいわゆる〈新体詩〉の定型から脱離したときから,自由詩の概念が始まった。7・5,5・7,7・7の,和歌と俳句からうけついだ旧来の音数律をすてたので,ここになんの規則も拘束もない,ほとんど散文の行分けにひとしい自由詩が横行するようになった。〈民衆詩派〉などによって,詩の普及をもたらすのに大いに役だったが,同時に,詩を救いがたい混乱にみちびいたこともたしかである。〈民衆詩派〉以後のそういう無詩学的な堕落に抗しておこったのが,昭和初頭の《詩と詩論》の運動で,これによって,韻文否定の自由詩は,さらに一転して,そこに新しいポエジーをつくりだしたのである。《詩と詩論》の運動を経たのちは,〈自由詩〉という名称はもちいられないで,それに代わって,もっぱら〈現代詩〉といわれ,今日にいたっている。ちなみに,自由詩はまた,散文詩というものと概念的に異なるものであることをつけ加えておく。
執筆者:安藤 一郎
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伝統的な韻律によらない詩風を広くいう。自由詩ということばはもともと古典主義の詩行の十二音節(アレクサンドラン)alexandrinから詩を解放するために、19世紀後半のフランスで用いられた「自由韻文詩」vers libreに由来したもので、ラフォルグなどが実践し、英詩でもT・S・エリオットがその感化で話しことばのリズムに近い自由な詩を書いた。もともと無韻詩blank verseという、規則的な脚韻を踏まない弱強五歩格の伝統のあるイギリスでは、その発展した形として、19世紀後半にマシュー・アーノルドの『ドーバー海峡』(1867)のような自由詩が生まれた。アメリカにおける自由詩の発展は、ホイットマンが『草の葉』(1855)で、従来の英詩の韻律を大胆に無視して行分け散文を試みたことに端を発している。この散文的伝統を継承して20世紀初頭にエズラ・パウンドたちのイマジズムの自由詩運動が展開された。それは英詩の自由詩よりも大胆な変革で、従来の韻律の「メトロノームのような拍子によらないで、音楽の楽句(フレーズ)に従って詩を書くこと」を実践した。
日本でも大正期に、従来の文語定型詩への反動として口語自由詩が生まれたとき、その指導者の一人萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)は、「拍子本位」でなく「旋律本位」であると、『自由詩のリズムについて』のなかで述べている。短歌や俳句に比べたら、もともと定型の要素に乏しい日本の近代詩であるが、七五調の外在律から自由詩の内在律へと変化を遂げてきている。
[新倉俊一]
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五七調などの定型律によらずに作られた近現代詩。1882年(明治15)の「新体詩抄」以来提起され続けた。意識的に実践されたのは,言文一致や自然主義の散文,およびその思想と呼応するかたちで,1907年9月に発表された川路柳虹(りゅうこう)の「塵塚(はきだめ)」からとされる。文語からの離脱,伝統的詩意識からの解放を図ることにより,新しい詩の領域が切り開かれ,現代詩に至っている。高村光太郎「道程」,萩原朔太郎「月に吠える」などはその初期の成果。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…これはフランス詩の2音がHomme(オンム)のように日本語にすれば3音にあたるからである。 明治末におこって今日の詩の大部分を支配する自由詩は,自然主義の現実尊重,形式排除の思想をうけて,用語を現代口語とし,音数律の規則正しい格調を捨てて自由にしたが,これはちょうど室町末期におこった小歌に見るような格調の多様性を生んだ。ここでは一定の音数律でなく,個人のつくる韻律を重んじたのであるが,それは音数として不定ながら,語の切れ目がつく調子,すなわち語勢cadenceによるものである。…
※「自由詩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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