法の支配(読み)ホウノシハイ(その他表記)rule of law

翻訳|rule of law

デジタル大辞泉 「法の支配」の意味・読み・例文・類語

ほう‐の‐しはい〔ハフ‐〕【法の支配】

rule of law権力者による恣意的な統治を否定し、法によって権力を制限することで、個人の人権や自由を保障しようとする考え方
[補説]これに対して、権力者が法を恣意的に運用して国民を統治している状態を「人の支配」という。

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共同通信ニュース用語解説 「法の支配」の解説

法の支配

統治者に対しても法が優越するという原則。日本は「力による一方的な現状変更」を否定し、世界の平和と安定を保つための国際社会ルールとして掲げている。発展の段階と形態が違う国際社会で、民主主義より共通の価値観として受け入れられやすいとして、広島サミットでも参加国の連携を図る理念として打ち出した。

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精選版 日本国語大辞典 「法の支配」の意味・読み・例文・類語

ほう【法】 の 支配(しはい)

  1. 君主や帝王による「人の支配」に対して、何人も裁判所の適用する法以外のものには支配されないとする思想、原則。民主主義の根幹の一つとされる。
    1. [初出の実例]「世界の諸人民に対して〈略〉差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために」(出典:国際連合教育科学文化機関憲章(1951)一条)

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改訂新版 世界大百科事典 「法の支配」の意味・わかりやすい解説

法の支配 (ほうのしはい)
rule of law

法の支配は法治主義とは異なる。法治主義という言葉も人によって若干用法を異にしているが,基本的には,統治が議会の制定した法律によって行われなければならないとする原理であるといってよい。これに対して,法の支配は,統治される者だけでなく統治する者も〈法〉に従うべきであるということを意味する。そこでの〈法〉には,議会が制定した〈法律〉を超えた,自然法的な響きがこめられることになる。そのような〈法〉が,統治の各面を支配すべきだというのが,法の支配の精神の真髄なのである。

 法の支配は,しばしば,英米法の基本原理の一つであるとされる。そして,17世紀初頭にイギリス国王と議会との間に抗争が生じた時期に,王権神授説を振りかざすジェームズ1世コモン・ロー裁判所教会裁判所の間の裁判権の争いについてみずから判決を下そうとしたのに対し,E.クックが,13世紀に公刊されたH.deブラクトンの有名な著作から,〈国王は何人の下にもあるべきではない。しかし,神と法の下にはあるべきである〉との一句を引いて対抗したというエピソードが,しばしば引用される。またアメリカでは,そのほか,1780年に制定されたマサチューセッツ州憲法の権利宣言の部の第30条にあるように,〈人による統治government of men〉ではなく,〈法による統治government of laws〉を国是とするものである旨が,ことあるごとに強調されている。

 法の支配の精神は,若干の時期を除いて,イギリス,アメリカの統治機構およびそれに関する法制度・法準則の形成と運営に対する導きの星としての役目を果たしてきた。しかし,それを具体的な実定法上の原理として表現しようとすると,どうしても,特定の国の特定の時代に即しすぎたものになるという難点を伴うように思われる。

 法の支配を実定法的観点から定義しようとしたものとして最も有名なのは,A.V.ダイシーの《憲法序説》(1885)である。ダイシーは,法の支配とは次の三つのことを意味するとした。(1)国王,行政権,その他権力をもつ者が,広範な,恣意的な,あるいは裁量的な権限をもつことを認めないこと。(2)すべての人が,通常裁判所の運用する通常法に服するのであり,公務員は行政裁判所の運用する法にのみ服するという(フランスに見られるような)制度がとられていないこと。(3)憲法の一般原則が,成文憲法によって一挙に宣明されるのではなく,判決の中で私人の権利について判断がなされたことの結果として生まれてきたものであり,それだけに実質的に保障されていること。

 このダイシーの定義については,イギリスでもその後さまざまの批判がなされ,とくにそれが19世紀ホイッグ党的発想に強く影響されていることが指摘された。また実際にも,20世紀に入って政府の活動範囲が広がり,経済立法・社会立法が盛んになされるようになると,その運用をめぐって生ずる紛争の処理のために数多くの行政的裁判所administrative tribunalが設けられ,ダイシー自身が1915年の論文で,イギリスにもフランスの行政法に似た法分野が成立しつつあるということを率直に認めるような状況が発生した。

 さらに目をイギリス以外の英米法系の諸国に向けると,ダイシーの定義に合致しない現象がさらに多くなる。例えばアメリカは,イギリスと異なり,成文憲法をもち,違憲立法審査制度が採用されている。しかし,法の支配をより広い目で見れば,それは,今日でも一つの指導原理として生きている。法の支配の原理は,治者も被治者も均(ひと)しく法に従うべきであるとし,とくに権力の座にある者がその権力を濫用することを強く戒め,そのことに対する予防措置の必要性を強調する。法の支配に関して,イギリスで主として行政権の濫用の抑制が問題とされたのは,行政権が最も濫用されやすいという事実を基盤としたものである。アメリカのように,独立にいたる本国との抗争および独立後のいくつかの邦(州)での経験から,立法権の濫用も行政権の濫用と同様に警戒すべきだという考えが広くもたれるようになると,違憲立法審査制度が生み出されることになる。

 イギリス,アメリカでは,今日でも,ヨーロッパ大陸諸国に広く見られるような通常裁判所と並立する単一の行政裁判所制度が採用されず,伝統的な法分野と異なる専門的・技術的知識を必要とする領域の事件については,イギリスでは数多くの行政的裁判所,アメリカでは各種の行政委員会にまず裁判をさせるが,少なくとも法律問題についてはその判断を最終的なものとせず,通常裁判所に最終的判断権を与えるという原則を最大限維持しようとしている。これは,法の支配の精神により,通常裁判所からまったく独立した機関が専門家的独善に陥ることを防止しようとしてのことであるといえる。このように,法の支配の原理は,その具体的発現形態は時と所によって異なるとはいえ,その精神はイギリス,アメリカの法伝統の中に脈々として流れている。そのことを念頭に置くことは,個々の法制度の意義を十分に理解するためにも,また,その運用および将来の動向を予測するためにも望ましい。

 法の支配の精神は,第2次大戦後,ナチスが法実証主義的にはまったく正統なルートを通して政権に就き,圧政を行いえたことに対する反省もあって,英米法系以外の国でも,しばしば口にされるようになった,世界人権宣言(1948)の前文3項が〈法の支配によって人権を保護することが肝要である〉とうたっているのも,法の支配の精神の国際化の一つのあらわれということができよう。

 日本国憲法が,違憲立法審査制度を採用し,かつ,明治憲法のもとでとられていた行政裁判所制度を採用せず行政事件も最終的には通常裁判所の判断を受けるべきものとしたことも,立法権・行政権の濫用を防止しようという〈法の支配〉の精神に基づいたものである。このように権力の濫用の防止が通常裁判所に託されることも,英米的な〈法の支配〉の伝統に由来するものであり,この点において,日本国憲法のもとでの司法部の役割は,明治憲法のもとにおけるそれよりもはるかに重要なものになっていることに注意しなければならない。
行政裁判 →法律による行政
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「法の支配」の意味・わかりやすい解説

法の支配
ほうのしはい

「人でなく法が支配する」Non sub homine,sed sub lege.(ラテン語)という法原則。イギリス法においては、国王もまたコモン・ローの判例法体系に服すべきであるという原則として発達した。13世紀の法学者ブラクトンの「国王もまた神と法のもとにたつ」ということばは、17世紀にクックによって、王権との抗争の際に引用された。19世紀にダイシーは、私法と区別された公法体系を認める大陸法に対し、すべてがコモン・ローのもとにたつイギリス法の体系を、法の支配の原理として賛美した。しかしイギリスにおいては、「議会は男を女に変える以外のことはなんでもできる」といわれる議会主権主義で、コモン・ローの判例法体系も、議会の法律の下にたっている。議会の立法を、憲法を適用する裁判所の下に置いたのが、アメリカ合衆国憲法判例によって確立された違憲立法審査制度である。第二次世界大戦後日本も、このアメリカの制度を採用して、アメリカ流「法の支配」の原則を導入した。

[長尾龍一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「法の支配」の意味・わかりやすい解説

法の支配
ほうのしはい
rule of law

法至上主義的な思想,原則。どんな人でも通常裁判所が適用する法律以外のものに支配されない,あるいは,被治者のみでなく,統治者,統治諸機関も法の支配に服さなければならぬとする「法のもとにおける統治」の原理。イギリスの伝統に根ざす思想であり,自然法思想にも淵源をもつ,法の権力に対する優位性の主張である。 A.ダイシーは,その著『憲法入門』 (1885) のなかで,議会主権と法の支配がイギリスの二大法原理であるとしたが,ここから人間とその自由を権力から守るイギリス型法治主義の原則が確立され,アメリカにおいては司法権優越の原理を生んだ。 20世紀に入り,経済,社会情勢の著しい変化につれ,伝統的な法支配の原則に対するいろいろな批判も起っている。

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世界大百科事典(旧版)内の法の支配の言及

【法治国家】より

…すなわち,そこでは,個人の尊厳を最高の価値と認め,すべての政治の目的はそれに仕えるものとみなし,憲法をもって個人の基本的人権を保障し,法律といえどもこれを侵すことを許さぬものとし,裁判所の権威によってその保障を確保しようとする国家が考えられている。よく知られているように,イギリスの政治体制の根本原理とされる〈法の支配rule of law〉の思想などは,そうした意味を多分に含んでいるといってよかろう。 法治国家の原理は,いうまでもなく専制的な権力によって絶対君主が恣意的に支配した警察国家Polizeistaatに対する反動として,個人の自由な生活領域を国家権力による侵害から擁護しようという政治的原理ないし政治的要求の標語として唱えられたものである。…

【法律による行政】より

…もともと,この原理は,一般に,絶対主義国家における国家権力の主観的恣意的支配に客観的合理的な法一般を対置し,法による支配を実現し,それによって国民の権利自由を保障しようとしたところに端を発するものであり,制度的には,権力分立=三権分立と立法権の優位の思想を背景とし,それを行政権とのかかわりで表現したものである。〈法治国家Rechtsstaat〉(ドイツ),〈法の支配rule of law〉(イギリス),〈法の優位supremacy of law〉(アメリカ),〈法の政体régime de droit〉(フランス)などの言葉は,ほぼ共通して上述のような内容のことを意味するのであるが,しかし,それらの言葉で語られる〈法律による行政〉の原理の具体的内容は,時代と国によって必ずしも同様ではなく,それぞれの国の歴史的社会的背景の差異を強く反映したものであった。
[明治憲法下の法律による行政]
 明治憲法下の日本の行政法,行政法学は旧時代のプロイセン・ドイツの〈法律による行政〉の原理Prinzip der gesetzmässigen Verwaltung,Prinzip der Gesetzmässigkeit der Verwaltungの基本的考え方を採用した。…

【立法】より

…しかし,今日においては,具体的な問題を処理するための立法(ドイツでは処分法律Massnahmegesetzと呼ばれる)もみられるようになった。 国家の活動がすべて法に基づかなければならないという原則(法治主義)より進んで,その法が国民の意思を反映していなければならないという原則(法の支配)が,国家機構の中に貫徹する近代以降の民主主義国家においては,国民の意思を選挙を通して反映する議会が,まず,一般的・抽象的な準則(法律)を定め,それに拠(よ)って行政が行われ,あるいは,人々がこの準則に拠って行動し,さらにこれら準則をめぐる争いを裁判所が解決するというしくみが通例のものとなっている。したがって,議会が立法機関となるのがふつうである。…

※「法の支配」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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