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浪花亭駒吉 なにわてい こまきち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浪花亭駒吉 なにわてい-こまきち

1842-1906 明治時代の浪曲師。
天保(てんぽう)13年生まれ。名古屋で浮かれ節をならう。江戸にでて台詞(せりふ)や地の文をいれるようにした関東節をつくりあげ,「お座敷浪花節」の看板をかかげ,寄席(よせ)芸にまでそだてる。曲師戸川てると協力,関東節に18通りのヤク節を完成させた。明治39年1月29日死去。65歳。本名は桜井駒吉。

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世界大百科事典 第2版の解説

なにわていこまきち【浪花亭駒吉】

1843‐1906(天保14‐明治39)
浪曲家。本名桜井駒吉。名古屋の浪花家辰之助門下。明治維新の際,江戸に出て関東各地を回り,一代の名曲師戸川てると相知り,浪花節の関東節の基礎を成した。組合では2代目頭取をつとめ,浪曲界の第一人者として,落語の三遊亭円朝,講談の2代松林伯円(しようりんはくえん)と同等の木戸銭を取って満員をつづけた。品位のある芸風で,黒田清隆三条実美,大江卓などの名士にも愛された。【興津 要

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浪花亭駒吉
なにわていこまきち
(1842―1906)

浪曲師。本名桜井駒吉。名古屋祭文(さいもん)の浪花亭辰之助(たつのすけ)門下とも伝える。幕末期に江戸へ出て説経浄瑠璃(じょうるり)の日暮龍卜(ひぐらしりゅうぼく)を知り、祭文の合の手に説経節(ぶし)風の三味線を使うことを勧められ、相三味線に戸川てるという協力者を得て、18通りの約節(やくぶし)をくふうしたといわれる。明治維新後、東京で初めて「お座敷浪花節」の看板を掲げ、大道芸の祭文と一線を画した最初の浪花節語りとなった。[秩父久方]

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