日本大百科全書(ニッポニカ) 「海水淡水化」の意味・わかりやすい解説
海水淡水化
かいすいたんすいか
desalination of sea water
海水から飲料水、工業用水、農業用水として淡水を製造することをいう。海水中の塩分を除去することによって淡水を得るので海水脱塩ともいう。歴史的にみると、19世紀後半に初めて実用化されて以来、海水の淡水化装置は船舶用の造水装置として発達してきたが、その後離島や砂漠地帯を中心として陸上における淡水供給にも利用されるようになってきた。人口の局部集中や水の消費量増加などのために、従来心配のなかった地域でも水不足の可能性が出てきたので、世界的に盛んに開発研究が進められている。現在、中東を中心として世界の多くの地域で淡水化装置が稼動しており、日本でも離島における飲料水や一部工場地帯での工業用水供給のために実用化されている。
[平嶋克享]
海水淡水化の方法
〔1〕蒸発法、〔2〕冷凍法、〔3〕逆浸透法、〔4〕溶媒抽出法、〔5〕電気透析法、〔6〕イオン交換樹脂法などがあるが、原理的にみると二つの方式に分けられる。すなわち、海水から塩分を残して水のみを取り出す方法と、逆に塩分を除去して淡水を残す方法であり、〔1〕~〔4〕は前者に、〔5〕・〔6〕は後者に属する。
〔1〕蒸発法 海水を加熱、蒸発させ、発生する水蒸気を凝縮させて淡水を得る方法。初期の船舶用の造水装置以来、淡水化装置の主流を占め、現在実用化されている装置の大部分は蒸発法によるものである。水の蒸発には大量の熱を必要とするので、いかにして安価な熱源を効率よく使用するかが蒸発法の問題点であり、以下に述べる方法が実用化または開発中である。
(1)多段フラッシュ蒸発法 ある圧力に保った室内にその圧力における沸点よりも高温に過熱した海水を入れると、その一部が瞬間的に蒸発(フラッシュ)し、残りの海水は沸点まで温度が下がる。このときに発生した蒸気は、その室内の上部にある伝熱管内を流れている原料海水を予熱し、自らは冷却されて液化して淡水が得られる。このようなフラッシュ室を直列に多数連結して多段式とし、室内の圧力を順次低くすることにより、各段で蒸発せずに残った海水を次の室でフラッシュ蒸発させ、熱効率をあげるようにくふうされている。大形装置に適しており、もっとも多く実用されている。
(2)多重効用真空蒸発法 缶内の圧力を順に低くした蒸発缶を複数個連結し、一つの缶で発生した蒸気を次の缶で加熱蒸気として使用し凝縮させる。もっとも圧力の低い最後の缶で発生する蒸気は凝縮器で液化させ、各缶での凝縮水とあわせて淡水を得る方法である。この方法の特徴は蒸気を効率よく使用できることにある。
(3)蒸気圧縮法 蒸発缶で発生した蒸気を圧縮機などで圧縮することによって、蒸気温度をさらに上昇させて蒸発缶の加熱蒸気として使用し、さらに原料海水の予熱に用いて凝縮させて淡水とする方法である。この方法では蒸発のためのエネルギーを直接加熱ではなく、圧縮エネルギーの形で与えている。エネルギー効率は非常によく、装置を小形化しやすいが、圧縮機を動かすため、電気または高温高圧蒸気などの良質のエネルギーを必要とするのが問題点である。
(4)太陽熱利用 海水淡水化に必要なエネルギーの一部または大部分を太陽熱によって賄おうとするものである。直接法として、透明なカバーを通して太陽光線を海水に当てて海水を加熱し、発生する蒸気をカバーの内面で凝縮させる方法があり、構造が簡単で、19世紀にはすでに実用機がつくられており、現在もギリシア、インドなどで実用化されている。間接法として、前記三者の方法の熱源として太陽熱を利用することが検討されているが、とくに(1)と(2)についてよく研究されている。原理的には直接法より造水能力をあげられるが、まだ実用化の例は少ない。
〔2〕冷凍法 海水を冷却して氷を晶出させ、その氷を融解して淡水を得る方法。水を蒸発させるよりも氷結させるほうがエネルギーが小さいという視点から開発されたものである。海水の冷却方法としては、真空下で水を蒸発させ、その気化熱で海水自身を冷却する方法と、冷媒ガスを海水中に吹き込んで冷媒の気化熱で冷却する方法が考えられている。冷凍法に類似した方法として、プロパンなどのガス水和物を形成する気体(ハイドレート剤)を海水と冷却すると氷点以上の温度で固体の水和物を析出するので、これを分離したのちハイドレート剤を除いて淡水を得る方法があり、冷凍法とあわせて結晶化法と総称されることがある。いずれの方法も淡水の純度および冷媒ガス回収の問題があり、まだ実用化に至っていない。
〔3〕逆浸透法 半透膜を挟んで一方に塩水、他方に純水を置くと、塩濃度に相当する浸透圧を示し、純水が塩水のほうに浸透していくが、塩水側に浸透圧より高い圧力をかけると、前の場合とは逆に塩水側から純水側に水が浸透していく。この原理を利用して淡水を採取する方法である。蒸発法や冷凍法と異なって淡水採取に相の変化を伴わないので、所要エネルギーが少なくてすむ利点がある。性能のよい膜の開発がもっとも重要であり、酢酸セルロース膜およびアロステリックポリアミド膜の2種類が実用化されている。従来、塩濃度の薄い原水、たとえば低濃度の塩分を含む地下水などに利用するのに適しているとされてきたが、近年、高性能の半透膜が開発され、海水にも適用しうるようになり実用化が進んできた。中東などではすでに実用機が稼動している。この方法では、原水中の懸濁物は半透膜に付着して水の透過性を悪くするため、原水の前処理が重要になる。大形化には若干問題を残しているが、しだいに解決されつつある。現在、蒸発法についで多用されており、少なくとも小・中規模では、将来もっとも有利になると考えられる。
〔4〕溶媒抽出法 アミン誘導体などの溶媒を海水に接触させて抽出すると、水だけが溶媒相に移り、塩分は海水中に残る。次に溶媒相を加熱するなどして溶媒と水とを分離して淡水を得る方法である。微量ではあるが溶媒が水に溶解するので溶媒の損失や衛生上の問題があり、現在、適当な溶媒が研究、開発されている。
〔5〕電気透析法 陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に並べて多くの室にくぎった電気透析槽に海水を入れ、直流電流を通じると、陽イオンは陰極側に、陰イオンは陽極側へ移動するが、イオン交換膜の選択透過性のために陽イオンは陰イオン交換膜で、陰イオンは陽イオン交換膜で移動を妨げられるので、脱塩および濃縮が行われることになり、イオン濃度の低くなる希釈室と高くなる濃縮室が交互に形成され、希釈室から淡水が得られる。日本では濃縮の働きを利用して製塩が行われており、実用膜の開発、透析技術などの点で世界のトップレベルにあり、日本の膜や装置が諸外国で多く採用されている。逆浸透法と同様、希薄塩水に対して好適であるとされてきたが、膜や装置の改良が進み、現在では海水からの淡水化にも実用化されており、生活用水や工業用水の製造が行われている。
〔6〕イオン交換樹脂法 海水中の塩分は陽イオン、陰イオンに解離しているので、海水を、陽、陰イオン交換樹脂を充填(じゅうてん)したカラムに通すと、海水中のイオンは樹脂に交換、吸着されて塩分が除去され、淡水を得ることができる。この方法はエネルギー消費量は少なくてすむが、樹脂が交換容量分のイオンを吸着し能力が劣化すると再生を行う必要があり、この際、塩酸やカ性ソーダなどの高価な試薬を必要とする。塩分濃度が高いと樹脂の再生サイクルが早くなり、樹脂の寿命の短縮、再生費用の増加のために淡水コストが高くなる。
[平嶋克享]
二重目的工場
発電と造水の二つの目的をもった工場で、火力発電所あるいは原子力発電所と蒸発法による淡水化装置とを結合することによって蒸気の有効利用を図るものである。通常、発電所では、発電タービンの排気蒸気は復水器で冷却水を用いて冷却し、凝縮させている。この復水器のかわりに淡水化装置を置き、排気蒸気を熱源として利用することによって、発電所側では復水器を省略でき、淡水化装置では安価な蒸気を使用できることになる。これにより総合的な熱効率が向上し設備費も減少する。火力発電所についてはすでに稼動しており、原子力発電所に対して適用されるようになれば、淡水の製造コストは大きく低下するものと期待されている。
[平嶋克享]
廃鹹水の利用
海水の淡水化を行うと淡水とともに一方では鹹水(かんすい)が廃水として出てくる。この鹹水は原料の海水が濃縮されたもので、海水よりも塩分濃度が高く、温度も高く、また濾過(ろか)などの前処理が不要であるなどの利点をもっているので、海水から製造される各種薬品(臭素、水酸化マグネシウムなど)の原料として用いることによって、総合的なコストの低減を図ることができると考えられ、盛んに検討が進められている。
[平嶋克享]
『日本専売公社編『海水利用ハンドブック』(1974・日本海水学会)』▽『加藤順編『海水淡水化技術』(1978・日本産業技術振興協会)』▽『塩川二朗編『無機工業化学』(1980・化学同人)』