病原体を身体の外部で理学的あるいは化学的手段で直接に殺すことをいい、医療や研究のため、微生物を扱う場合、消毒と滅菌はもっともたいせつな基本的技術である。なお「滅菌」とは、病原体・非病原体を問わず、すべての微生物の増殖能力を死滅させることをいい、「殺菌」もほぼ滅菌と同義語に用いられるが、前者が物品を対象として用いられるのに対し、「殺菌」では微生物自体を直接の対象とするのが普通である。たとえば、ガーゼの滅菌、結核菌の殺菌というように用いられる。また「消毒」とは、微生物を死滅させるか、その発育を阻止して食物の分解腐敗を防ぐことであり、「清浄(クリーニング)」とは、病原体、あるいは病原体が生存したり毒力を保つために有利な有機物を、熱湯、せっけん、洗剤で洗ったり、こすったりするか、真空掃除器で表面から除去することであり、いずれも感染菌量を減少させ、あるいはそれを発病量以下に抑える点で重要な意義をもつ。
[春日 齊]
熱がもっとも多く用いられ、紫外線、放射線(γ(ガンマ)線)も応用される。濾過(ろか)法は微生物除去に有効であり、安全な水、空気の供給に用いられる。
〔1〕熱 (1)焼却処理。ヒトおよび動物の死体のほか、紙や布などに用いる。(2)乾熱滅菌法。通常は実験器具・医療器具などガラス類に用いられ、160~180℃・1~2時間で滅菌できる。(3)煮沸消毒。食器、小形の布など、日常もっとも用いられるもので、100℃・15分間で芽胞を除くほとんどの微生物を殺菌できる。(4)高圧蒸気滅菌法。1気圧・高温(121℃)で蒸気滅菌を行うもので、芽胞も死滅させる。確実・安全な滅菌法として、病院などで広く用いられているが、高温で変質するものや、粉末、油などの滅菌には不適である。
〔2〕紫外線・放射線 寝具、書物などの日光消毒の殺菌効果は紫外線によるものであって、空中や表面に存在するほとんどの微生物に対して有効であるが、線量は距離の2乗に反比例して弱くなり、影の部分では無効となる。なお、日本では1972年(昭和47)から一部の食品の放射線照射が認められている。
〔3〕濾過法 濾過効率の高い繊維フィルターを利用する。製品の発達によって、ほとんどすべての浮遊微生物が濾過できるようになり、病室、手術室の排気や各種滅菌室に利用されている。
[春日 齊]
いわゆる消毒薬を用いて殺菌するもので、界面活性剤、ハロゲンおよびその化合物、アルコール類、ガス状で作用する薬品など多くのものがある。
〔1〕クレゾールせっけん水 通常の細菌に用いられるが、芽胞やウイルスには無効である。
〔2〕界面活性剤 逆性せっけんと両性界面活性剤があるが、両者とも芽胞には無効で、ウイルスに対しても種類によって効果が一定していない。
〔3〕ハロゲン系消毒薬 さらし粉、次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系と、ヨウ素と界面活性剤などの混合物がある。遊離塩素で殺菌する塩素系は、細菌や芽胞、ウイルスには有効であるが、結核菌には効果が少ない。ヨウ素系は、ほとんどすべての微生物に有効とされる。
〔4〕アルコール類 エタノール(エチルアルコール)とイソプロパノール(イソプロピルアルコール)があり、エタノールは70%溶液が用いられる。結核菌をはじめ、ほとんどすべての細菌、ウイルス、リケッチアに有効であるが、芽胞には無効である。
〔5〕ガス状で作用するもの ホルムアルデヒドとエチレンオキシドが用いられる。ホルムアルデヒド・ガスは、ホルマリン水を加熱したり、ホルマリン水に過マンガン酸カリウムを投入して得られるもので、病室の燻蒸(くんじょう)などに利用される。エチレンオキシド・ガスは、沸点が低いため、比較的低温で作用させることができ、ガスの発散も早い。殺菌効果も前者より強いため、熱や湿気などに弱い物品の滅菌に適している。両者とも芽胞、ウイルス、結核菌を含めた大多数の微生物に有効で、近年はとくに多用されている。
〔6〕その他 石灰(石灰乳・煆製(かせい)石灰など)はきわめて安価で入手が容易なため、水路、どぶ、便池、建物など屋外の消毒に用いられる。クロル石灰の5%水溶液は井戸などの消毒に利用される。
なお、かつては、伝染病予防法施行規則で法定消毒薬品および代用消毒薬品が指定されていたが、1999年(平成11)の伝染病予防法廃止に伴い、これら薬品の区別はなくなり、かわって厚生労働省から薬品使用のガイドラインが示されている。
以上の方法は、対象とする物や病原微生物の種類によって適切なものを選ぶ必要があることはいうまでもない。なお、伝染病発生時の消毒は、感染者から排出される汚染物や、それと接触した器物をできるだけ速やかに消毒する「即時消毒」と、患者が死亡したり感染源でなくなったりしたあと、患者の使用した物品や病室などを消毒する「終末消毒」とに分けられる。
[春日 齊]
病原微生物と考えられるものを不活化したり,除去したり,希釈したり,土中に埋めたりして,われわれの生活の場に再び帰ってこないように処理し感染を防止することを消毒という。医学史上消毒法は,J.リスター(1827-1912)が1960年代に外科学で初めて用い,のちコッホが伝染病に応用したのに始まるとされる。〈消毒〉という日本語は,〈毒〉が病気の原因であり,毒を消すことが病気の予防であるという考え方のなごりである。外国では〈感染防止〉という意味どおりに英語でdisinfection,ドイツ語でDesinfektion,フランス語でdésinfectionなどという言葉が使われているが,日本では感染防止のみではなく,殺虫剤の散布や,毒ガスの中和などにも〈消毒〉という言葉が用いられている。感染防止に使用する薬剤を消毒薬と呼び,殺菌剤の一部が用いられる。消毒に関する法規的な面は,伝染病予防法や水道法,食品衛生法など環境衛生に関する諸法令の中で規定されている。伝染病予防法には,患者が発生したときの消毒法と,学問の進歩により新しく開発された殺菌剤で,伝染防止に使用できるものを〈代用消毒薬品〉として指定するという規定がある。この場合の代用とはいわゆる代用品という意ではなく,条文に定められている薬品に代用してよろしいという意味で,むしろ優れた殺菌剤であることが多い。また消毒に関する語句のなかに〈停留所の消毒terminal disinfection〉というのがあるが,これは感染症患者がいた場所の消毒であり,〈応急消毒concurrent disinfection〉とは病原微生物で汚染されたとき,直ちに消毒することをいう。医療面以外でも,たとえば飲料水や調理場,食堂などで日常,消毒法や消毒薬の恩恵にあずかっていることは多い。
→殺菌剤
執筆者:藤本 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…1731年パリに初めて外科専門の王立アカデミーおよび学校が創立され,19世紀中ごろにはイギリスでは外科医が理髪師から分離して,社会的地位が与えられ,内科と対等に学問的に独立した歩みを進めることができるようになった。しかし,この時代には消毒の概念がなかったので,手術創の化膿による悲惨な状態が続き,これを防ぐための対策にはなお長い年月を要した。J.リスターの画期的な消毒法の発見(1867)は,近代外科学に光明をもたらし,外科学は急速に進歩し,優秀な外科医が輩出した。…
…微生物の生細胞を殺すことを殺菌といい,滅菌とは非病原菌,病原菌,細菌胞子もすべて殺すことをいう。一般には同じように用いられている消毒とは,病原微生物を殺すことを意味する。消毒・滅菌法には物理的方法と化学的方法がある。…
※「消毒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新