演劇に関する諸資料を収集・整理・保管し、これを公開展示して、専門家だけでなく、広く一般に演劇の普及を図る機関。公立、私立など種々の形式があり、コレクションの内容は、演劇に関する美術品をはじめ、上演用台本、仮面、人形、衣装、楽器、小道具類、舞台模型、舞台美術関係デザイン・スケッチ類、俳優の遺品、ポスター、プログラム、各種舞台記録(上演台本・写真・レコード・録音類・映画・ビデオ)などで、隣接する諸芸能や映画・放送関係まで、その範囲はきわめて広い。また関係諸資料(文献・書籍・雑誌)を扱う図書室ないし図書館を併設するのが一般である。その形態は次の三つに大別される。
[トーマス・ライムス・寺崎裕則]
(1)独立した専門の演劇博物館 日本には早稲田(わせだ)大学にあるもの(後述)が唯一の存在であるが、海外ではロシアがこの面では積極的な活動を続けている。代表的なものにバフルーシン記念国立演劇博物館(モスクワ)がある。ロシア帝政時代の演劇愛好家アレクセイ・バフルーシン(1865―1929)の収集をもとに1894年に設立された由緒を誇る。ほかにサンクト・ペテルブルグ国立演劇博物館をはじめ、ロシアと歴史的なつながりを有するウクライナ、ジョージア(グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンにも総合演劇博物館がある。
ドイツには、ドイツ一を誇るミュンヘン演劇博物館がある。女優クララ・ツィーグラーKlara Ziegler(1844―1909)の創立になるもので、舞台の収録フィルムから、ベルリン放送局によるラジオ・ドラマまでを蔵している。ベルリンには、ドイツ国立図書館のなかに豊富な資料をそろえた演劇資料部があるほか、ブレヒトに関する資料を一堂に集めたブレヒトハウスが、ブレヒト研究家の拠点になっている。ドイツの演劇博物館の特色は、いずれも克明な演出台本が蔵されていることである。
オーストリアのウィーンには、ホーフブルク宮殿にオーストリア国立演劇博物館があり、図書・衣装・舞台装置図をはじめ、ブルク劇場公演のドイツ古典劇や、ライムント、ネストロイらのウィーン民衆劇の資料を豊富にそろえている。
イタリアでは、ミラノのスカラ座に博物館があり、コメディア・デラルテの資料、仮面をはじめ、オペラ関係の資料を収蔵し、陳列室で適宜公開されている。
イギリスのロンドンには1987年に開設された演劇博物館がある。ここのコレクションはかつてビクトリア・アルバート美術館の演劇部門がもっていた衣装、舞台模型、劇作家の原稿・日記、新聞の切り抜き、ポスターなどが移されたもので、演劇のみならず舞台芸術に関する資料収集を行っている。
フランスのパリにはアルスナル図書館があり、伝統あるフランス演劇に関する広範囲な資料を集めている。
(2)大規模な美術館の演劇部門 世界各国の美術館には、仮面、衣装、楽器、絵画その他、演劇関係のコレクションが多くみられる。しかし、多くの分類部門のなかに演劇部門を独立させているものは少ない。その代表的なものがチェコのプラハ国立博物館である。自然科学、歴史・考古、生物・古生物など幅広いコレクションを有する総合博物館だが、演劇部門を独立して有する。チェコ、スロバキアの演劇、人形劇、民俗芸能の記録資料から小道具、舞台装置、コスチュームなどを収集展示する。
(3)劇場に付属するアーカイブ(収蔵庫)的なもの 世界各国の大オペラ・ハウス(パリのオペラ座、モスクワのボリショイ劇場、ベルリンの国立歌劇場やコーミッシェ・オーパー、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場など)や、伝統のある劇場(モスクワ芸術座、パリのオデオン座、ウィーンのブルク劇場など)には付属の資料収集の施設があり、由緒ある美術品や記録を収集し、おりに触れて一般にも公開している。
[トーマス・ライムス・寺崎裕則]
日本でも、1966年(昭和41)に開設された、おもに伝統芸能の公演が行われる国立劇場には資料課が置かれ、関係諸部門の上演記録作成とともに、資料収集と展示、図書室の一般公開を行っている。1997年(平成9)にオープンした新国立劇場は、現代の舞台芸術に関する資料収集や情報提供を行っており、劇場内にある情報センターでは図書や視聴覚資料が閲覧でき、千葉県に設立された付属施設である舞台美術センター資料館には、公演の衣装や模型などが展示されている。また、東京都中央区築地(つきじ)にある松竹大谷図書館(1958開設)は、歌舞伎(かぶき)を中心に日本演劇と映画に関する図書・資料を豊富にそろえ、公開している。
[トーマス・ライムス・寺崎裕則]
なお東京都新宿区西早稲田の早稲田大学構内には早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(早稲田大学演劇博物館)がある。1928年(昭和3)坪内逍遙(しょうよう)の古稀(こき)と『シェークスピヤ全集』訳業の完成を記念し、学界・芸能界の協賛を得て逍遙の多年の宿願を実現させたもので、完成後大学に寄付され、維持経営を委託したもの。建物は逍遙の発案により、エリザベス朝にロンドンにあったフォーチュン座をかたどり、地下とも4層、延べ2000平方メートル、鉄筋コンクリート造で、両玄関の間に舞台を設置し、シェークスピア劇の古格の上演ができるようになっている。展示室は10室、日本演劇の史的展望、欧米演劇史、坪内逍遙資料などの常設展示のほか、随時テーマを定めた特別展示がある。東西の芸能資料の幅広い収集を基本方針としているが、とくに浮世絵など歌舞伎関係資料、シェークスピア文献が豊富である。1998年創立70周年を期して改装、拡充を行い、新時代に適応した態勢で積極的な活動を行っている。
[菊池 明・寺崎裕則]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…このなかから文壇をリードする優れた作家,文芸家が多数輩出した。彼の発案と私財により建設されたシェークスピア時代のフォーチュン座を模した異色の演劇博物館(1928開館)は,日本の演劇研究の中核の一つである。1913年,創立30周年記念式典で大隈は〈早稲田大学教旨〉を宣言,学問の独立,学理研究と応用,模範国民の育成を建学精神として大学の活動基盤を確立した。…
※「演劇博物館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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