火事装束(読み)かじしょうぞく

精選版 日本国語大辞典 「火事装束」の意味・読み・例文・類語

かじ‐しょうぞく クヮジシャウゾク【火事装束】

〘名〙 江戸時代出火の際に着用した服装。主に、消火警備などに出動する武家が用いたものをいう。兜頭巾(かぶとずきん)かぶり、火事羽織野袴(のばかま)を着、革足袋(かわたび)をはいた。火事具。《季・冬》 〔随筆貞丈雑記(1784頃)〕

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デジタル大辞泉 「火事装束」の意味・読み・例文・類語

かじ‐しょうぞく〔クワジシヤウゾク〕【火事装束】

消火に従事する人の服装。江戸時代は、火消し作業服として着たものと、警備用に武家が用いたものとがある。火事頭巾かじずきん火事羽織野袴のばかまなどを着用した。

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改訂新版 世界大百科事典 「火事装束」の意味・わかりやすい解説

火事装束 (かじしょうぞく)

火災のときに限って用いられる非常用の服装。古くこうした特殊な装束はみられなかったが,江戸時代になって都市が発達し,大きな火災がしきりに起こるようになり,これに対して特別な防火・消火手段が必要になったことと,太平な世がつづいてすべての武装が全般的に華美となり形式化していったことから,このような特殊な服装が生まれたものであろう。

江戸の町方で消火を専業とした町火消,または大名にかかえられていた大名火消の火事装束は,いずれにしても消火・防火ということを職業とする人たちの作業服であるから,構造はひじょうに機能的にできている。地質木綿の袷(あわせ)仕立てで,これが全部刺子(さしこ)に縫いつぶしてある。これはじょうぶなばかりでなく,厚地で熱気をさけ,また水がかかれば水もちがいいためでもある。構成はつぎのようである。(1)はんてん 膝の下まである長めのはんてんで,多く紺の無地に背や襟には所属の組の字(に組,め組というような)を染め抜いている。ときには裏側に美しい錦絵風の絵模様がつけてあり,裏を返しても着られるようになっているものもあった。(2)頭巾(ずきん) 刺子で,しかも綿がはいっている。頭がすっぽり首まではいるようになっており,目のところだけが開いている。(3)手套(てぶくろ) 刺子の厚い手袋で指はふつう三つまたで,ひもでしっかり手首にくくるようになっている。(4)股引,腹掛け,じゅばん,足袋 これらはふつうのものと大して変わらないが,とくに力縫いをほどこしてじょうぶに作ってある。足袋の上に履くわらじは布を堅くしめて作ったもので,釘を踏んでも通らないほどじょうぶにできていたという。

町方のものに比べると,警備用の威儀服という感が強く,地質にもラシャ羅紗),皮などが多く用いられている。(1)男子用 (a)羽織 背割羽織で,ラシャに切りつけやアップリケで家紋をつけたものが多い。乗馬の関係で身丈もあまり長くない。これに,うしろから宛帯(あておび)をつけて,羽織の内側をまわして前で締める。(b)兜または笠 前に鍬形や前立(まえだて)のついた小型の兜や,陣笠を用い,周囲に火の粉よけの錣(しころ)がついている。(c)胸当て 前垂れのようなもので,首から前へさげて羽織の下に着ける。(d)袴 通常,馬乗袴が用いられる。(2)女子用 女子用の火事装束はまったく警備もしくは避難用で,大名家で用いられたものはひじょうに美しく,地質は多くはラシャで,地色は年齢によって赤,白,黒などが用いられているが,家紋をししゅうやアップリケであらわすほか,多く水に縁のある模様(波に千鳥,波に兎,滝に鯉など)が金銀糸を交えてはでやかにししゅうされている。頭巾は男子用のものとちがって,垂れのついた烏帽子形で,これに胸当て,宛帯をつけ緞子(どんす)や錦の馬乗袴をはき,長刀(なぎなた)をたずさえる。このように武家の火事装束は町方のものに比べて職業衣としての機能性が乏しいので,明治維新以後,武士階級の消滅とともに姿を消したが,町方のものはほとんどそのままの形で明治・大正期を通じ,現在の洋式消防衣が採用されるまで用いられた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「火事装束」の意味・わかりやすい解説

火事装束
かじしょうぞく

江戸時代に火災に際して着用した装束。明暦(めいれき)の大火(1657)を機に始まる。これには、町方で消火を専業とした町火消、および大名に抱えられた大名火消が着用した消火・防火のための機能的作業服と、武家が火災のときに警護のために着用した装飾的な威儀服の2種類がある。武家の火事装束は兜頭巾(かぶとずきん)または陣笠(じんがさ)、羽織、胸当て、袴(はかま)で構成される。兜頭巾は百重張(ももえばり)製の盔(はち)に羅紗(らしゃ)の錣(しころ)付きの華麗なもの。羽織は羅紗の背割羽織で5か所の定紋(じょうもん)付き、革製のものは藩の記号を白く染め抜いた。胸当ても同様の作りで、これは羽織の下につける。羽織には放ち裾(すそ)を押さえるため石帯を締める。袴は緞子(どんす)や錦(にしき)、縞物(しまもの)の野袴(のばかま)であるが、下級の者には踏込(ふんごみ)袴、裾細(すそぼそ)袴、軽袗(かるさん)なども用いられた。一方、火消の装束の規定は1797年(寛政9)のことで、その構成は頭巾、羽織、手套(しゅとう)、股引(ももひき)である。武家の仲間や鳶(とび)の者には、法被(はっぴ)や長半天(ながばんてん)も用いられた。頭巾は猫(ねこ)頭巾とよばれ、盔は綿入れ、錣と覆面は木綿の袷(あわせ)仕立てで、いずれも全面に刺子(さしこ)が施された。衣類も木綿の袷仕立てでこれも刺子である。火に近づいたときに全身を水にぬらすが、刺子でないと水を含まないためである。武家の女子用の火事装束も存在したが、これは警備用または避難用のもので、男子のものよりも一般に華やかであった。明治以降、武家の火事装束は姿を消すが、町方のものは洋式消防衣の採用までほぼそのままの形で用いられた。

[山内まみ]

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百科事典マイペディア 「火事装束」の意味・わかりやすい解説

火事装束【かじしょうぞく】

江戸時代に生まれた特殊な装束で火災時に限り着用する。消火を専業とする火消が用いたものと,武家が警備のため用いたものとがある。前者は羽織,頭巾(ずきん),手套(てぶくろ)とも木綿の袷(あわせ)仕立を刺子で縫いつぶした実用的なもの,後者は羅紗(らしゃ),革などの羽織に家紋をほどこし,小型の兜(かぶと)や陣笠(じんがさ)をつけた装飾的な威儀服である。武家の女性は烏帽子(えぼし)形の頭巾に胸当,宛帯(あておび),羽織をつけ,緞子(どんす)や錦(にしき)の馬乗袴(うまのりばかま)をはき薙刀(なぎなた)をたずさえた。

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