生没年不詳。4世紀後半から5世紀前半に活躍したインドの仏教学者。瑜伽唯識(ゆがゆいしき)思想の大成者として著名。サンスクリット名をアサンガAsagaという。ガンダーラのプルシャプラ(パキスタンのペシャワル)のバラモンの家柄に生まれ、部派仏教の一派(説一切有部(せついっさいうぶ)とも化地(けじ)部とも伝える)で出家、のち中インドのアヨーディヤーに至り大乗仏教に転向した。伝説によれば、弥勒(みろく)(マイトレーヤ)菩薩(ぼさつ)から唯識の論典を学んだとされるが、その史実はともかく、彼が自分に先だつ瑜伽師(ゆがし)たちからこの系統の思想を継承したことは間違いない。それを基盤に、従来の部派的解釈学をも踏襲しつつ、人間の深層意識に根ざす言語活動を分析し組織づけたところに、彼のインド仏教史上における重要な役割がある。その代表作が『摂大乗論(しょうだいじょうろん)』と『阿毘達磨集論(あびだつまじゅうろん)』である。彼の弟に、兄の説を継承発展させた世親(せしん)(バスバンドゥ)がおり、兄と並び称せられる。二人に淵源(えんげん)する思想は、摂論(しょうろん)宗や法相(ほっそう)宗として中国にも伝えられた。
[袴谷憲昭 2016年12月12日]
インドの大乗仏教唯識(ゆいしき)派の大学者。サンスクリット名アサンガAsaṅgaの漢訳。生没年不詳。310-390年ころの人。西北インドのガンダーラ国(現在のパキスタン,ペシャーワル地方)にバラモンの子として生まれた。父はカウシカKauśika(憍尸迦),母はビリンチViriñci(比隣持),兄弟3人のうちの長男であった。次男には説一切有部(せついつさいうぶ)から唯識派に転向して大成したバスバンドゥ(世親)がいる。初め部派(小乗)仏教の化地部(けじぶ)(一説には説一切有部)において出家し,瞑想に基づく欲望からの離脱法を修得した。〈空〉の教理が理解できないため自殺しようと悩んでいたとき,東方,ビデーハ国(現在のビハール州北部)のピンドーラPiṇḍola(賓頭羅)阿羅漢に出会い,ようやく小乗の空観をも体得した。しかし,これに満足できないアサンガは,インド中部のアヨーディヤー(現,アウド)に赴き,大乗仏教の修行の一つである瑜伽行(ゆがぎよう)に努めた。そこでマイトレーヤ(弥勒)菩薩から大乗の空思想を学び,大乗仏教徒となった。また,他の人々にも,マイトレーヤが直接《瑜伽師地論(ゆがしじろん)》(《十七地経》)を説くように要請し,アサンガがその解説をすることにした。これが唯識思想流布の端緒とされる。彼はマイトレーヤから日光三昧(さんまい)を教えられていたので,大乗の教義を容易に理解し,記憶することができたという。晩年には,大乗を誹謗する弟バスバンドゥをアヨーディヤーに呼び寄せ,偉大なる大乗仏教者に育てた。彼のおもな著作は,《摂大乗論(しようだいじようろん)》《顕揚聖教論(けんようしようぎようろん)》《大乗阿毘達磨論(だいじようあびだつまろん)》《順中論》《六門教授習定論(ろくもんきようじゆしゆうじようろん)》などがある。ただし後の2書は,唯識思想と直接関連はない。
→唯識派
執筆者:田中 教照
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…論破された外道にそそのかされた(カシミールの)衆賢(しゆげん)(サンガバドラ)に論争を挑まれたが,応じなかった。 はじめ大乗非仏説を唱えていたが,兄無著(むぢやく)(アサンガ)に導かれて大乗に転じ,華厳,涅槃,法華,般若,維摩,勝鬘などの大乗経に対する論書や唯識思想に関する解説書をつくった。80歳でアヨーディヤーで没。…
…代表的な部派としては,西北インドに栄えた説一切有(せついつさいう)部,中西インドの正量(しようりよう)部,西南インドの上座部(以上,上座部系),南方インドの大衆部などが挙げられる。大乗仏教から特に攻撃対象とされたのは説一切有部であり,後に大乗に転向した無著(むぢやく),世親の兄弟は,初めこの部派に属していた。スリランカに伝えられた上座部は,特に〈南方上座部〉と呼ばれ,ミャンマー,タイ,カンボジアなどの東南アジア諸国に伝播し今日にいたっている。…
※「無著」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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