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無著 むぢゃく

百科事典マイペディアの解説

無著【むぢゃく】

4―5世紀ころのインドの大乗仏教学僧。生没年不詳。サンスクリット名アサンガ漢訳。ガンダーラの人。世親(せしん)の兄。弥勒(みろく)に大乗空観を学んだとされ,小乗より大乗へ転じた。
→関連項目運慶仏教法相宗マイトレーヤ唯識説

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世界大百科事典 第2版の解説

むぢゃく【無著】

インドの大乗仏教唯識(ゆいしき)派の大学者。サンスクリット名アサンガAsaṅgaの漢訳。生没年不詳。310‐390年ころの人。西北インドのガンダーラ国(現在のパキスタン,ペシャーワル地方)にバラモンの子として生まれた。父はカウシカKauśika(憍尸迦),母はビリンチViriñci(比隣持),兄弟3人のうちの長男であった。次男には説一切有部(せついつさいうぶ)から唯識派に転向して大成したバスバンドゥ(世親)がいる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

無著
むじゃく

生没年不詳。4世紀後半から5世紀前半に活躍したインドの仏教学者。瑜伽唯識(ゆがゆいしき)思想の大成者として著名。サンスクリット名をアサンガAsagaという。ガンダーラのプルシャプラ(パキスタンのペシャワル)のバラモンの家柄に生まれ、部派仏教の一派(説一切有部(せついっさいうぶ)とも化地(けじ)部とも伝える)で出家、のち中インドのアヨーディヤーに至り大乗仏教に転向した。伝説によれば、弥勒(みろく)(マイトレーヤ)菩薩(ぼさつ)から唯識の論典を学んだとされるが、その史実はともかく、彼が自分に先だつ瑜伽師(ゆがし)たちからこの系統の思想を継承したことは間違いない。それを基盤に、従来の部派的解釈学をも踏襲しつつ、人間の深層意識に根ざす言語活動を分析し組織づけたところに、彼のインド仏教史上における重要な役割がある。その代表作が『摂大乗論(しょうだいじょうろん)』と『阿毘達磨集論(あびだつまじゅうろん)』である。彼の弟に、兄の説を継承発展させた世親(せしん)(バスバンドゥ)がおり、兄と並び称せられる。二人に淵源(えんげん)する思想は、摂論(しょうろん)宗や法相(ほっそう)宗として中国にも伝えられた。[袴谷憲昭]

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世界大百科事典内の無著の言及

【摂大乗論】より

…インド大乗仏教の論書。無著(むぢやく)(アサンガ)著。4世紀の成立。…

【世親】より

…論破された外道にそそのかされた(カシミールの)衆賢(しゆげん)(サンガバドラ)に論争を挑まれたが,応じなかった。 はじめ大乗非仏説を唱えていたが,兄無著(むぢやく)(アサンガ)に導かれて大乗に転じ,華厳,涅槃,法華,般若,維摩,勝鬘などの大乗経に対する論書や唯識思想に関する解説書をつくった。80歳でアヨーディヤーで没。…

【部派仏教】より

…代表的な部派としては,西北インドに栄えた説一切有(せついつさいう)部,中西インドの正量(しようりよう)部,西南インドの上座部(以上,上座部系),南方インドの大衆部などが挙げられる。大乗仏教から特に攻撃対象とされたのは説一切有部であり,後に大乗に転向した無著(むぢやく),世親の兄弟は,初めこの部派に属していた。スリランカに伝えられた上座部は,特に〈南方上座部〉と呼ばれ,ミャンマー,タイ,カンボジアなどの東南アジア諸国に伝播し今日にいたっている。…

※「無著」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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