日本大百科全書(ニッポニカ) 「無関心性」の意味・わかりやすい解説
無関心性
むかんしんせい
Interesselosigkeit ドイツ語
disinterestedness 英語
近代美学において美的経験の本質的特徴とみなされた概念。美に対して、人はそれを所有したり意のままにしたり利益を得ようとすることなしに快の感情を抱く、という意味で普通は理解される。最初にこの概念を用いたのは、近代美学の先駆者たちともいえる18世紀イギリスのシャフツベリ伯(3世)やハチソンらであるが、彼らは無関心性を、個人の利己性を超えた無私的態度を表すものとしてまず道徳哲学の内に位置づけ、それをさらに美の領域へと敷衍(ふえん)した。カントは『判断力批判』のなかで、無関心性をもって美的判断の第一の特徴とし、「美しいものに対する喜びはいっさいの関心を離れたものである」と定義づけた。その際、関心とは感覚的快や有用なものを現実に欲求することのほかに、普遍的に善なる道徳性とも結び付きうるとした。このように、欲望や自己の利害だけでなく道徳的善をも含む実践的行為全体を関心の領域としたうえで、それから美的判断を独立させることにより、美の静観性が強調されると同時に美の自律性が打ち立てられることになった。ショーペンハウアーはカントの考えをさらに展開させて、美的観照を生へのあらゆる意欲の否定ととらえ、この無意志的直観によって現実世界の苦悩から解放されうると考えた。20世紀に入ってからは、感情移入説を唱えたフォルケルトが没意志性を美意識の一つの特徴としてあげ、ガイガーMoritz Geiger(1880―1937)は現象学的方法を用いながら美の無関心性についていっそう精密な分析を加えている。
[長野順子]
批判的意見
すでに17、18世紀フランスの演劇論を中心とする美学思想において、芸術作品のもつ人をひきつける力として「関心」intérêtを重んじる風潮がみられたが、その後も美の無関心性説に対するさまざまな立場からの反対論が現れた。代表的な論者としては、芸術における創造性の意義を顕揚したヘルダーをはじめ、ロマン主義的な美を「関心をひくもの」と性格づけて古典美に対置させたA・W・シュレーゲルや、芸術を生の高揚、陶酔としてとらえようとしたニーチェらがあげられる。一般に無関心性説が享受の美学、観照の美学から出てきたのに対して、多くの反対論者たちは、美的体験の生き生きとした感動や芸術の創造活動のもつ豊かさという点に注目することにより、これを批判し乗り越えようとしたものであるが、もとより無関心性とはけっして無感動ということを意味していたのではない。
[長野順子]