改訂新版 世界大百科事典 「現先市場」の意味・わかりやすい解説
現先市場 (げんさきしじょう)
〈現先〉とは,債券売買の特殊な形態で,一定期間後に一定価格で買い戻す(あるいは売り戻す)ことをあらかじめ約定して債券を売る(あるいは買う)売買形態である。期間は,大蔵省通達によって1年以内に限定されているが,現実には1~3ヵ月の短期取引が中心である。現先売買は,証券会社の店頭で行われる取引で,売却価格(あるいは購入価格)は市場価格を基準にして決められるが,買戻価格(あるいは売戻価格)は相対(あいたい)取引によって決定される。現先は,上記のような条件を付けた債券売買であるから,一般に買戻(売戻)条件付債券売買ともいわれている。
現先は形態的には債券売買であるが,その機能は短期金融という点に最大の特色があり,現先市場は自由性短期金融市場としての機能を果たしている。売買が貸借=金融という機能を果たすことができるのは,現先が特殊な売買形態をとっているからである。現先売買は,債券の売却時に一定の期間が経過すれば買い戻す価格を前もって決定しているのであるから,まず,この売買のもつ意味は広義の債券担保金融と同じである。短期資金を調達する場合には保有債券を売却し,また,一時的な余裕資金を運用する場合は売戻条件付きで債券を購入することになる。債券の買戻価格あるいは売戻価格は前もって確定しているから,市場参加者にとって売買される債券の市場価格変動は無関係であり,ここでは債券の条件付売買によって短期資金の運用と調達が可能になっているのである。
次に,相対取引という売買形態の特徴は,現先市場が市場参加者に制限のない自由性短期金融市場となることを可能にしている。現先は証券会社の店頭で行われる売買であるから,巨額の資金と巨額の債券を保有している法人であれば,だれでもこの市場へ参加することができる。その結果,証券会社や金融機関だけでなく,コール・手形市場へ参入できない事業法人や官庁共済組合,公社・公団,学校法人,地方公共団体,非居住者等が,この市場へ参入することになった。相対取引という売買形態の特徴は,さらに,ここで形成される金利が資金需給を敏感に反映した自由性金利となり,政府や日本銀行による政策介入の余地がない自由な金利形成を可能にしている。現先売買は貸借=信用ではないから,取引形態そのものから利子は生まれてこないが,事実上の金利に相当する部分は売りと買いの差額として表現されている。資金の調達者は,債券を買い戻す際に金利相当分を上乗せして買い戻すことになり,この差額が現先レートとなる。現先レートは,昭和40年代においては,唯一の自由性短期金利の指標であった。
このように現先は,ここでの売買形態の特徴によって,市場参入者に制限のない,金利形成に際して人為的介入を排除した,自由性短期金融としての機能を果たすことを可能にしている。そして今日では,コール・手形市場,CD市場と並んで,現先市場は短期金融市場の重要な構成要員となるに至ったのである。現先売買は,1949-50年ころから部分的に行われ,公社債投信が破綻(はたん)した61-62年に盛んに行われたが,この市場が自由性短期金融市場として名実ともに確立するのは昭和40年代に入ってからである。現先市場が発達したのは,政府の人為的低金利政策によって各種金利が規制され,自由性短期金融市場の育成が阻止されていたからにほかならない。政府が金融市場を規制したため,その規制をかいくぐって現先市場が発達したのであり,したがって現先市場の発達は,制約条件下における経済合理性の貫徹として理解できるものである。金融市場の自由化が進展すると,現先市場の重要性も相対的に減少する。80年ころから現先市場の規模が相対的に縮小しはじめるのは,金融市場の自由化が進展したからである。
→金融市場
執筆者:中島 将隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報