改訂新版 世界大百科事典 「生きてゐる小平次」の意味・わかりやすい解説
生きてゐる小平次 (いきているこへいじ)
戯曲。3幕。鈴木泉三郎作。1925年(大正14)6月東京新橋演舞場初演。配役は小幡小平次を13世守田勘弥,那古の太九郎を6世尾上菊五郎,太九郎妻おちかを市川鬼丸(後の3世尾上多賀之丞)。山東京伝の合巻《復讐奇談安積沼(ふくしゆうきだんあさかぬま)》,4世鶴屋南北の《彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)》,黙阿弥の《怪談小幡小平次(かいだんこはだこへいじ)》などに材を仰ぐが,なお本作品が間接的影響を受けたものとして谷崎潤一郎作《お国と五平》(1922初演)が考えられる。13世勘弥の両作出演,人物の数と関係などからも無関係とは思われず,いわゆる創作戯曲時代の最後に位置するもので,《お国と五平》の生世話版ともいえる。旅役者の小幡小平次が,那古の太九郎という囃子方の妻おちかと4年にわたる不倫の果てに,安積沼で太九郎に殺されるが,殺されたはずの小平次が江戸のおちか宅へ現れ,再びおちかと太九郎に殺される。夫婦は江戸を逃げだし旅に出る。そのあとを追って小平次のような旅人がつきまとう。夫婦はその陰鬱な執念におびえるという筋。みちのくの枕詞でもある安積沼の説話と,古くからの小平次伝説とを近代心理劇風に再構成し,新しい怪談劇とした手腕には見るべきものがある。関東大震災をはさんだ南北劇復興の副産物の一つであり,6世菊五郎の新作へよせた熱意のあらわれともいえよう。見どころは第1幕の舟の中の小平次と太九郎の対話や,2,3幕のおちかの女としての性的な存在感などである。
執筆者:落合 清彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報