細菌やウイルスなどを使用し、人や動物、農作物に被害を与えることを目的とした兵器。核兵器や化学兵器とともに大量破壊兵器とされ、旧日本軍の731部隊が人体実験を繰り返したことでも知られる。国際法で使用が禁じられている。過去に人に被害をもたらす
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人体や有用動植物に対して感染・増殖して病原性を示す微生物を戦争手段に適用した兵器をいい,生物兵器を使用する戦闘を生物戦という。しかし,ボツリヌス毒素など菌が産生した後の毒素は毒素兵器toxin weaponとよばれ区別されている。第1次大戦まではウイルス学が確立していなかったことなどのため,1925年に調印された化学兵器ないし毒ガスの禁止を目的とするジュネーブ議定書では細菌学的戦争方法という用語を使用し,このため,今でも生物兵器全体を細菌兵器bacteriological weaponとよぶことがある。
生物兵器の特徴はその増殖性にあり,(1)人間,家畜,栽培植物など目標生物のみに被害を与え,建築物,兵器などには被害を与えない,(2)簡単な設備で安価に生産できる,(3)一度感染させることに成功し流行が拡大すれば被害は時とともに増大する,(4)微生物を選べば自然流行と区別できず生物兵器の使用を秘密にできる,(5)社会に大きな心理的動揺を与える,などの利点をもつ。歴史的にもペスト,コレラ,天然痘,発疹チフス,マラリアの自然大流行が多数の人命を奪い,とくに戦時の軍隊内での流行はしばしば重大な戦局を左右してきた。これら感染症を人為的に発生させようという発想が微生物学の病原体分離同定,純粋培養技術の確立とともに現実化され,生物兵器が出現した。とくに流行の経験がなく,したがって免疫抵抗性を獲得していない社会では猛威が発揮される。北アメリカ大陸で植民軍の指揮官が先住民に天然痘患者の使用した毛皮を贈って抵抗を排除したなどの例は,生物兵器使用の原型であろう。
生物兵器としては原虫,真菌,放線菌,細菌,リケッチア,クラミディア,マイコプラズマ,ウイルス,ウイロイドと,あらゆる微生物が使用できる。生物兵器には,(1)ペスト菌,コレラ菌,天然痘ウイルスなどの急性致死兵器,(2)感染性が高く一時的に活動力をうばうQ熱クラミディアなどの非致死的〈人道的〉兵器,(3)いもち病菌,あかさび病菌などの植物病原菌,口蹄疫などの家畜伝染病病原体などがあり,戦略・戦術に応じた微生物を生物兵器として選択できる。1959年のパグウォッシュ会議では,生物兵器として使用される微生物がそなえる性質として,(1)強い毒力と感染性をもつ,(2)貯蔵や散布が可能,(3)予防が困難,(4)病気の診断が困難,(5)薬剤に耐性をもつ,の5点をあげている。
生物兵器を使用するためには,生きた微生物を目標に到達させねばならない。第2次大戦にいたる十五年戦争中,旧日本軍は媒介昆虫を用いたが,戦後の研究は,特殊保護剤微小滴中に微生物を封入してエーロゾル化しつつ噴射し,呼吸器感染をさせる技術を開発した。この人工的感染経路は,自然的には呼吸器感染をしない種類の病原体を使用した場合にも有効なことが判明した。運搬手段としては,砲,爆弾,ミサイル弾頭に装置するほかに,航空機や巡航ミサイルからエーロゾル化して噴射する,あるいは気象学的気流に乗せ敵国の主食農産物に対して病原体を送り込むなどの方法がある。
応用微生物学の発展とともに,食品や抗生物質,ワクチンの経済的生産のための大量培養技術が工業化されるようになった。1950年以後の分子生物学の進歩によって,生物細胞が産生する物質が遺伝子のもつ情報によって発現してくるメカニズムが明らかになったため,遺伝子を操作することによって人類に免疫のない新型ウイルスを作製することも理論的に可能になった。細菌や真菌などに病原性を与える毒力因子,抗生物質や化学療法剤に対する抵抗性を与える耐性因子も遺伝子として同定されつつある。さらにこれら遺伝子をとり出して他の細胞に導入する各種の遺伝子工学技術も開発された。このように科学技術の発展によって,軍備競争を政策として資本を投下し,強力な目的意識で科学者の能力を生物兵器開発のために活用させれば,効果的な新型兵器を完成させることも可能である。しかし現実には,効果的な生物兵器を遺伝子工学技術を用いて開発することは容易ではない。遺伝子と免疫のメカニズムばかりでなく,それらを構成する諸因子間の相互作用が複雑であることが判明してきている。
第2次大戦にいたる十五年戦争下に旧日本軍731部隊,1644部隊がペスト菌感染ノミを空中より投下してペストを流行させたほか,チフス菌を謀略的に使用し,中国東北地区とモンゴル人民共和国国境付近の河川にコレラ菌を投入したが,生物兵器の実際上の効果推定は現在では不可能である。また朝鮮戦争下にアメリカ軍が使用したと報告されたが,アメリカ側は否定した。1980年代にもアフガニスタンでソ連側,カンボジアでベトナム側が〈マイコトキシン〉を使用したと報道されたが,ソ連側,ベトナム側は否定した(またこの兵器名は非科学的である)。このように真実の認定が困難であることと虚偽の政治宣伝に利用されやすいことは,生物兵器の大きな特徴である。生物兵器の使用を禁止する国際的協定にもかかわらず,多くの国では〈防衛のため〉という理由で生物兵器の研究・開発・訓練を続けている。しかし生物兵器は,使用される以前に効果の持続,広がりを予測することができず,いかなる国も生物戦争から完全に自国を防衛することは不可能である。
執筆者:和気 朗
生物兵器の国際的規制は,その使用と,開発・生産等の両面からなされてきた。1925年のジュネーブ議定書は化学兵器とならんで〈細菌学的戦争方法〉の戦争における使用禁止を規定した。国際連盟の軍縮会議ではこの戦争方法の準備禁止に関する条文案も作成されたが,軍縮会議の失敗のため水泡に帰した。第2次大戦後,生物兵器の飛躍的発達に直面して69年,国連事務総長報告書〈化学・細菌(生物)兵器とその使用の影響〉はこれらの兵器の人類にとっての潜在的危険を指摘し,国連総会は72年に生物(細菌)・毒素兵器禁止条約を採択した。この条約は,平和目的のために正当化することのできない種類と量の微生物剤その他の生物剤または毒素,さらにそれらの使用のための兵器,装置または運搬手段の開発,生産,貯蔵等の禁止を締約国に義務づけている。この条約が完全に遵守されれば,生物兵器使用の可能性も除去される。日本は82年にこの条約を批准した。
→化学兵器
執筆者:藤田 久一
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病原菌(炭そ菌,チフス菌,コレラ菌,ボツリヌス菌など)やそれらの生産する毒素を用いた兵器.1972年に生物・毒素兵器禁止条約が国連総会で採択されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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