日本大百科全書(ニッポニカ) 「生物学兵器」の意味・わかりやすい解説
生物学兵器
せいぶつがくへいき
biological weapon
病原微生物を分離増殖させて適当な運搬手段を介して敵国に散布し、損害を与えるための兵器。この発想は、ウイルス学が発展する以前は細菌兵器とよばれたが、被害地域において戦闘員、非戦闘員を区別することなく発病致死させることが予想されたので、毒ガス兵器とよばれた化学兵器が第一次世界大戦において実戦に用いられ、きわめて悲惨な結果をもたらした経験から、1925年にジュネーブ議定書が作成された際、大量殺人兵器として禁止の対象となった。しかし日本は70年(昭和45)に至るまでこの議定書には批准・加入を行わず、1939年(昭和14)には関東軍防疫給水部本部(七三一部隊)を創設して細菌兵器を開発、実戦に使用した。アメリカ、イギリスをはじめ各国も45年前後から多額の研究投資を行って、ボツリヌス毒素、ペスト菌、野兎(やと)病菌(ツラレミア菌)、炭疽(たんそ)菌などを兵器として使用するための研究や、その散布手段の研究を行った。その結果、経口的に摂取され腸管から吸収されて毒性を発揮するボツリヌス毒素が、エーロゾル(浮遊微粒子、煙霧質。エアロゾルともいう)として散布され吸入されても、強力な毒性を示すことなど新知見が得られたが、国連の主導による生物毒素兵器禁止条約の採択(1972年署名のため開放、75年3月発効)や、アメリカの大統領ニクソンの生物兵器廃棄宣言などの影響で公然たる生物学兵器研究は影を潜めたといえる。しかし生物工学、遺伝子工学技術の発展は新型ウイルスの開発などの可能性に展望を開いている。また2001年10月、アメリカ同時多発テロ直後に発生した炭疽菌事件で、生物兵器によるテロ(バイオテロ)の可能性が指摘されたのを契機に、生物兵器の脅威がふたたび認識され、その対処は国際社会が抱える大きな課題となっている。
[和気 朗]
『アンソニー・T・ツ(杜祖健)、井上尚英著『化学・生物兵器概論――基礎知識、生体作用、治療と政策』(2001・じほう)』▽『エド・レジス著、山内一也監修、柴田京子訳『悪魔の生物学――日米英・秘密生物兵器計画の真実』(2001・河出書房新社)』▽『小林直樹著『見えない脅威 生物兵器』(2001・アリアドネ企画、三修社発売)』▽『黒井文太郎・村上和巳著『生物兵器テロ』(2002・宝島社)』▽『ジュディス・ミラー、スティーヴン・エンゲルバーグ、ウィリアム・ブロード著、高橋則明・高橋知子・宮下亜紀訳『バイオテロ!――細菌兵器の恐怖が迫る』(2002・朝日新聞社)』▽『ウェンディ・バーナビー著、楡井浩一訳『世界生物兵器地図――新たなテロに対抗できるか』(2002・日本放送出版協会)』▽『アンソニー・T・ツ(杜祖健)著『生物兵器、テロとその対処法』(2002・じほう)』▽『山内一也・三瀬勝利著『忍び寄るバイオテロ』(2003・日本放送出版協会)』▽『エリック・クロディー著、常石敬一・杉島正秋訳『生物化学兵器の真実』(2003・シュプリンガー・フェアラーク東京)』▽『リチャード・プレストン著、真野明裕訳『デーモンズ・アイ――冷凍庫に眠るスーパー生物兵器の恐怖』(2003・小学館)』▽『ケン・アリベック著、山本光伸訳『生物兵器――なぜ造ってしまったのか?』(二見文庫)』