日本大百科全書(ニッポニカ) 「カサノリ」の意味・わかりやすい解説
カサノリ
かさのり
[学] Acetabularia ryukyuensis Okamura et Yamada
緑藻植物、カサノリ科の海藻。石灰質で覆われた白色の針状の柄(え)の頂端に緑色の小円盤をつけ、日傘を広げたような体形を呈するのでこの名がある。全長5センチメートル内外、傘の直径1センチメートルぐらいのものが多い。暖海性で南西諸島に分布し、死サンゴ体片上に群生し、遠浅の砂浜やサンゴ礁内の潮だまり(タイドプール)などで冬から春ないし初夏にかけて繁茂する。本州や九州周辺に産するのは同科のホソエガサA. calyculusで、体長3~4センチメートル、傘の直径も5~6ミリメートルと、カサノリよりは小形である。かつては伊勢(いせ)湾、瀬戸内海中央部辺にも多産地があったが、周辺に臨海工業地帯ができたため、環境変化をきたし希少となった。しかし、臨海工業化を免れた能登(のと)半島の富山湾岸では諸地で多産し、夏季のころにだけ繁茂する。ほかに、ヒナカサノリA. moebiiという、傘の直径2~3ミリメートル、傘だけが岩上に生えたようにみえる小形体がある。伊豆神津(こうづ)島、潮ノ岬周辺、天草(あまくさ)島の沿岸10~20メートルの深海底からまれに採取されるが、南西諸島沿岸では、汀潮(ていちょう)線付近の浅い所でほとんど一年中採集できる。
カサノリ仲間の体制にみられる1本の柄は中軸枝、傘は中軸枝の頂端に輪生する胞子枝の両側が接着しあって盤状になったものである。陸上植物に例えると、1本の主幹の頂端に花が咲いたような体型といえる。こうした体制からみると、いきなり生殖段階に入るように考えられるが、実は傘のつくられる前に輪生する栄養枝(栄養枝輪)が幾段となくつくられている。栄養枝輪は早落性で、傘が現れるころには痕跡(こんせき)となり、注意深く見ないと見失いがちである。栄養枝輪を出す栄養段階では、体内には仕切りがなく、原形質全体がつながっているという非細胞体であり、しかも根部だけに1個の巨大核(100マイクロメートルほどの大きさ)があるという特異体制をもっている。そして、生殖段階に入るころになると、巨大核が多数の正常小核に分割して、柄内を原形質流動とともに上昇してゆき、頂端につくられた輪生する胞子枝のそれぞれの中に侵入していく。胞子枝内では正常小核を中心にして、多数の配偶子嚢(のう)(シスト)がつくられ、また胞子枝の付け根のところで初めて仕切りができるという、これまた特異な現象もみられる。なお、栄養段階では、体を二分して、根部の巨大核を有する下半部と無核の上半部とに分けても、両者とも原形に成長することができるという強い再生力を有している。このような現象に目をつけて、A種の無核あるいは有核の体片にB種の核を移殖したり、同種または異種の核を複数もつ体片を実験的に育てて、これらにどんな形状の傘が出現するか、あるいは形態発現に、核あるいは原形質がどう影響するかを調べる遺伝学研究上の材料とされてきた。今日では、さらにカサノリを研究材料にした遺伝生理学上の研究が続けられている。
このように、1本の主茎の周囲に幾段かの輪生枝を出し、非細胞体制をもち、体表に石灰沈着を有する一群の緑藻植物をカサノリ目Dasycladalesという。そのなかで、カサノリ属は栄養枝と胞子枝が分離して現れる体制をとるが、他の属では輪生栄養枝上に胞子枝がつくられるという体制のものが多い。イソスギナ、ミズタマ、ウスガサネ、フデノホなどが後者の例であり、いずれも暖海産で、南西諸島の沿岸に多産する。これらの海藻は、石灰を沈着するので化石として出現するものが多く、その原始型はすでに先カンブリア紀に出現し、中生代ジュラ紀にはその盛期を迎えていたということが知られている。陸上植物の出現よりも、はるか以前から出現していたこれらの海藻は、先祖型から現生型への進化経過もたどれるために、地史、化石の研究にもよい材料であり、この面では輪藻類Siphonae verticilaの名で知られているが、日本では産出が少ない。
[新崎盛敏]