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白崇禧 ハクスウキ

デジタル大辞泉の解説

はく‐すうき【白崇禧】

[1893~1966]中国の軍人。広西省桂林(けいりん)の人。字(あざな)は健生。広西派の領袖で、蒋介石と対立し、のちに和解。中華人民共和国成立後は台湾に渡り、蒋介石政権に参与。パイ=チョンシー。

パイ‐チョンシー【白崇禧】

はくすうき(白崇禧)

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百科事典マイペディアの解説

白崇禧【はくすうき】

中国,国民政府の軍人・政治家。広西の人。北伐のとき,国民革命軍総司令部参謀長となり上海に進出。国民政府委員・財政委員などを歴任して,1927年上海四・一二クーデタを指導,1928年李宗仁らと広西派を結成。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

白崇禧
はくすうき / パイチョンシー
(1893―1966)

中国の軍人、政治家。字(あざな)は健生。桂林(けいりん)出身。1916年に保定軍官学校を卒業して軍役につき、1926年国民革命軍総司令部参謀長に就任、翌1927年からの北伐では東路軍前敵総指揮。1928年以来、李宗仁(りそうじん)らと広西派の地盤を固め、蒋介石(しょうかいせき)と対立、1930年には反蒋運動に参加、妥協が成立して1931年には国民党第4期中央執行委員。日中戦争ではむしろ沈黙し、戦後の1946年国防部長、1949年華中軍政長官などを歴任。人民解放軍に敗退して台湾に逃れ、1950年以来、国民党中央委員などを歴任した。[加藤祐三]

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世界大百科事典内の白崇禧の言及

【李宗仁】より

…1926年国民革命軍第7軍軍長として北伐に参加。北伐完成後,蔣介石により武漢政治分会主席,第4集団軍総司令に任命されたが,29年以降蔣介石と対立し,白崇禧(1893‐1966)とともに広西軍閥の頭目として8年間割拠した。日中戦争では蔣介石と和解し,第5戦区総司令として従軍。…

※「白崇禧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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