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相良 さがら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

相良
さがら

静岡県南部,牧之原市中・南部を占める旧町域。駿河湾に面する。 1889年町制。 1955年萩間村,地頭方村の2村と合体。 2005年榛原町と合体して牧之原市となった。中心集落の相良は牧之原台地南部,萩間川が駿河湾に流入する河口にある。江戸中期田沼意次が築いた相良城の城下町であり,また信州街道の起点,遠州東部の港町として発展した。おもな産業はチャ (茶) の栽培と製茶,メロン,ダイコンなどの野菜の栽培。ほかに沿岸漁業,養殖も行なわれる。釣り場としても好適地。釘ヶ浦は海水浴場としてにぎわう。国宝の聖武天皇勅書を所蔵する平田寺がある。一部は御前崎遠州灘県立自然公園に属する。

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

さがら【相良】

鹿児島の芋焼酎。酒名は、蔵元の姓に由来。有機栽培の原料芋を薩摩下田七窪の名水と白麹を用いて仕込む。蒸留法は常圧蒸留。原料はコガネセンガン、米麹。アルコール度数25%。蔵元の「相良酒造」は享保15年(1730)創業。所在地は鹿児島市柳町。

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デジタル大辞泉プラスの解説

相良

鹿児島県、相良酒造合名会社が製造する芋焼酎。

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大辞林 第三版の解説

さがら【相良】

姓氏の一。遠江国榛原はいばら郡相良荘より出た関東御家人。源頼朝の命により肥後国球磨郡人吉荘地頭として下向。のちに戦国大名に発展。戦国家法「相良氏法度」で知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

相良
さがら

静岡県中南部、榛原(はいばら)郡にあった旧町名(相良町(ちょう))。現在は牧之原(まきのはら)市の南部を占める一地区。駿河(するが)湾に東面する。旧相良町は1889年(明治22)町制施行。1951年(昭和26)菅山(すげやま)村を編入、1955年萩間(はぎま)村、地頭方(じとうがた)村と合併。2005年(平成17)榛原町と合併、市制を施行して牧之原市となった。旧町域は北部は牧ノ原台地に連なり、南部は地頭方丘陵。その間を萩間川が沖積低地を形成。旧町の中心は萩間川下流部にある。東名高速道路が通じ相良牧之原インターチェンジがあり、国道150号、473号が通じる。中世、相良荘(しょう)があり、萩間川河口は良港として栄え、掛川(かけがわ)、水窪(みさくぼ)を経て信州へ通じる信州街道の起点であった。江戸時代、田沼意次(おきつぐ)の居城が築かれ、相良藩の城下町。明治・大正時代、相良油田があり活況を呈していた。油田跡は県指定文化財で、「油田の里公園」として整備されている。茶を中心とし、ダイコン、メロン、ミカン栽培が盛んで、シラスを主体とした沿岸漁業も行っている。自動車、電子関連などの工場が進出、1994年(平成6)には白井工業団地も造成された。海水浴場、牧之原史料館があり、平田(へいでん)寺の聖武(しょうむ)天皇勅書は国宝、大鐘(おおかね)家住宅の主屋と長屋門は国指定重要文化財。[川崎文昭]
『山本吾朗著『相良史』(1932・相良史蹟調査会) ▽川原崎次郎著『編年相良町史』(1966・相良町) ▽『相良町史』全6巻(1991~1996・相良町)』

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