陸岸近くで行う漁業。日帰りで操業できる程度の海域で行われる漁業であり、遠洋漁業や沖合漁業に対する呼称で、地先漁業ともいう。10トン未満の小型動力船および無動力船による漁船漁業のほか、定置網漁業、浅海養殖業に分類される。このうち、漁船漁業には小型底引網(底曳網)漁業、釣り漁業、延縄(はえなわ)漁業、刺網(さしあみ)漁業、採貝業、採藻業などが含まれる。定置網漁業は沿岸域を回遊する魚群を対象に、一定の場所に長期間敷設しておく網漁具を用い行われる。浅海養殖業には、ブリ(ハマチ)、マダイ、マアジ、カキ、ホタテガイ、真珠、クルマエビ、ノリ、ワカメ、コンブなどが含まれる。
沿岸漁業は一般に1~3人程度の従業者によって営まれ、おおむね家族内労働力によって賄われている。沿岸漁業は古くから生業として営まれてきた生産形態を基本として、漁業技術の向上や流通経路の発達などによって、生産量の増大を支えてきたもので、日本の漁業は、第二次世界大戦以前は沿岸漁業が中心であった。しかし、戦後一時期、遠洋漁業が禁止されたために沿岸漁業が過剰操業となったことや、工業の発達に伴う廃水や臨海工業用地の埋立てによる漁場の消滅などで、生産量は急激に減少した。しかも、200海里排他的経済水域(漁業専管水域)の設定に伴い世界的な海域利用上の制約が広まり、遠洋漁業や沖合漁業の漁場が狭まりつつある。このような情況のなかで、日本固有の水面を利用する沿岸漁業がふたたび注目されるようになった。また、浅海養殖業の目覚ましい発達は、沿岸漁業の生産量を支えてきているが、沿岸の都市化や工業化は、廃水の流入あるいは自家汚染などによる海水汚染、赤潮の発生などをもたらし、各地で深刻な問題となっている。
日本の漁業全体における沿岸漁業の地位は、2008年(平成20)の例では、経営体数10万9000で全体の94.6%、就業者数13万8000人で62.2%を占めるが、生産量は258万トンで海面漁業の59.0%を占めている。しかし、一般には沿岸漁業の生産性や従事者の生活水準は遠洋漁業や沖合漁業に比較してかなり低く、このような状態を改善するため、政府助成によって1962年より10年計画で沿岸漁業構造改善事業が始まり、各地の沿岸地域に対し、漁場の改善造成、大型魚礁の施設、漁業通信、製氷や冷凍、冷蔵、養殖施設、加工、運搬などの経営近代化や、促進対策が図られ、さらに1982年から第二次沿岸漁場整備開発計画、第七次漁港整備計画などを策定し、漁業生産基盤の強化を図った。しかし、燃油価格の高騰や水産物需要の停滞など、沿岸漁業を取り巻く諸情勢は依然厳しい状態に置かれている。このような情勢に対処するため、1994年度(平成6)から1999年度まで沿岸漁業活性化構造改善事業が実施されている。これは健全な漁業の育成、需要変化、消費動向に見合った供給体制の確立、漁村の生活環境づくりおよび都市住民との交流促進などによる漁村生活の活性化を基本目標としており、各種の施策が実施されている。さらに2007年に策定された水産基本計画に基づき、水産資源の回復・管理の推進、持続可能な水産業を確立するための施策や、海域利用の多様化に伴う漁村と都市の共生などの計画を推進している。また、2011年3月11日に発生した東日本大震災の経験を踏まえて、災害に強く、安全な地域づくり、水産物の安定的な供給、国際競争力への対応など水産環境整備を盛り込んだ漁港漁場整備長期計画が2012年3月の閣議で決定された。
[吉原喜好]
一般に,小型の漁船で沿岸で行う漁業をさす。日帰り操業がほとんどである。これに対する語として沖合漁業と遠洋漁業があるが,それぞれの境界は操業区域の岸からの距離で決めているわけではないので,明確ではない。現在,日本の行政・統計の上では10トン未満の動力船・無動力船を用いる漁船漁業,もしくは漁船を使用しないで行う漁業および定置網漁業,地引網漁業に海面養殖業を含めて沿岸漁業としている。実際に営まれている主な漁業は釣り,刺網,採貝,採草,小型底引網である。近年,地引網は顕著に減少しており,一方,大型定置網は徐々に増加している。
沿岸漁業の経営体数は16万をこえ,全漁業経営体数の95%を占める(1993年,第9次漁業センサス)。個人の経営が圧倒的に多いが,会社あるいは共同経営も増えつつある。個人経営の場合,家族のみでの操業形態が多い。定置網と地引網は個人経営が少なく,また雇用者数が多く,沿岸漁業の中では資本家的経営が行われる業種である。養殖業は近年経営体数が減少しているが,これはノリ養殖の経営体の著しい減少によるものである。真珠・真珠母貝養殖も減少が目だつが,カキ,ハマチ,ホタテガイ養殖などは増加を続けている。
もともと沿岸域は栄養塩が豊富で,光合成がさかんなところで生産力が高く,漁獲の対象となる水産資源も質・量ともに豊かな水域といえよう。したがって沿岸漁業の漁獲物は種類が豊富で,また漁場が近く鮮度よく消費地に供給できるので,沖合・遠洋漁業の漁獲物に比べて単価が高いものが多い。しかし逆に見れば漁獲が容易なので,資源は昔から開発・利用されており,限界まで利用しつくしている資源も多く,乱獲に陥っている場合も少なくない。海面養殖業を除けば,漁獲量は最近イワシ,サバの資源量の増大の影響を受けて少し増加の傾向はあるが,昭和20年代の後半からほぼ200万tの線で停滞している。漁場が陸地に近いので,埋立て・汚染など人間活動によってひき起こされる環境改変の影響を受けやすく,昔の好漁場が今は見る影もないといった例もある。海面養殖業にはノリ,カキのように古くから行われていたものもあるが,ハマチ,ホタテガイ,ワカメのように近年急速に生産量を伸ばしたものもある。こういった新しい養殖種のおかげで,海面養殖業の生産量は昭和30年代から40年代にかけて,10年ごとにほぼ2倍というペースで増加してきた。しかし餌を与えるハマチ養殖などでは漁場の老化が生じ,ホタテガイなどでは密殖の弊害が現れるなど,今後もこれまでのように生産量を伸ばしていくことは難しい。
昭和30年代以後沿岸から沖合へ,沖合から遠洋へと外延的拡大で漁獲量を伸ばしてきた日本の漁業も,200カイリ経済水域あるいは漁業専管水域が世界各国に定着する中で,沿岸見直しを迫られている。従来も沿岸漁業等振興法(1963制定)に基づく構造改善事業などによって,沿岸漁業の振興ははかられてきたが,社会情勢の進展に応じてさらに積極的に沿岸での生産を拡大するため1974年,沿岸漁場整備開発法が制定された。これは大型漁礁の設置などによる沿岸漁場整備開発計画(第1次は1976-82年度,第2次は1982-88年度)の策定・推進と,種苗放流などによる資源培養,いわゆる栽培漁業の普及・拡大を意図している。いずれの場合も基盤となる沿岸環境の保全が重要である。さらに漁獲の適正化,厳しい資源管理を徹底し,国民にとって重要な資源を有効かつ永続的に利用できるようにしなければならない。
→水産業
執筆者:清水 誠
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(榎彰徳 近畿大学農学部准教授 / 2007年)
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…(2)沖合漁業では,分業の程度が低く,年間雇用が多くなったとはいえ,まだ漁期間雇用がかなりの部分を占めている。(3)沿岸漁業を営む漁家労働は,農業労働と同じような性格をもつ養殖労働と,小型漁船を使用する労働とがあり,どちらも家族労働力によって行われている。 漁業労働は,季節性が強く,夜間労働が多いうえに,1漁期間内あるいは1日の労働においても労働時間は変動し,不規則である等の特有な性格をもっている。…
※「沿岸漁業」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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