中世,戦場で敵味方相互に矢を射合う行為。これにより両軍の戦闘が開始される。一般に合戦は両軍対陣し,まず鬨(とき)をあげる。これは気勢をあげて己をふるいたたせる行為であるが,次いで両軍の主将が名乗りをあげ,口合戦,矢合となる。その意味で矢合は開戦の口火を示す宣戦布告の表現であった。矢合にさいして,まず敵陣に向かって鏑矢(かぶらや)が射られた。これを矢合の鏑始めと称した。鏑とは矢の先端にあたる鏃(やじり)のつけ根につけた木・竹の根製の長円形の付属物で,威嚇のための音響を発するように内部は空洞になっており,表面に数個の孔があけられている。《太平記》にも〈菊池五千余騎を率し,浜の西より相近付けて,先矢合せの流鏑をぞ射たりける〉と見えており,矢合にさいし,敵を威嚇するために嚆矢(こうし)としてこの鏑矢が用いられた。
執筆者:関 幸彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報