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矢野橋村 やの きょうそん

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美術人名辞典の解説

矢野橋村

日本画家。愛媛県生。名は一智、別号に知道人。永松春洋に師事する。日本南画院の結成に参加、また福岡青嵐や洋画家斎藤与里らと私立の大阪美術学校を設立。南画界の重鎮として活躍し、また大阪の美術振興に貢献した。日展審査員。芸術院賞受賞。大阪府芸術賞・大阪市民文化賞受賞。日本南画院会長。昭和40年(1965)歿、74才。

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百科事典マイペディアの解説

矢野橋村【やのきょうそん】

日本画家。愛媛県生れ。本名一智(かずとし)。南画家永松春洋に学ぶ。1919年直木三十五らと美術文芸研究団体主潮社を興し,1921年日本南画院の設立に参加,1924年には斎藤与里らと大阪美術学校を創立し,1946年の閉鎖まで校長を勤めた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

矢野橋村 やの-きょうそん

1890-1965 大正-昭和時代の日本画家。
明治23年9月8日生まれ。矢野鉄山の叔父。永松春洋にまなぶ。日本南画院同人となり,大正13年私立大阪美術学校を創立。昭和36年「錦楓」で芸術院賞。39年日本南画院会長。吉川英治,長谷川伸の小説の挿絵でも知られる。昭和40年4月17日死去。74歳。愛媛県出身。本名は一智(かずとし)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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