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石橋山の戦 いしばしやまのたたかい

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百科事典マイペディアの解説

石橋山の戦【いしばしやまのたたかい】

源頼朝挙兵後最初の合戦。1180年相模(さがみ)国足柄下(あしがらしも)郡石橋山(神奈川県小田原市)で頼朝と平家方の大庭景親(おおばかげちか)らが戦ったが,頼朝は大敗,海路安房(あわ)にのがれ再挙をはかった。
→関連項目伊東祐親梶原景時千葉常胤

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世界大百科事典 第2版の解説

いしばしやまのたたかい【石橋山の戦】

1180年(治承4)8月,相模国石橋山(小田原市南西部)で平氏方の大庭景親らが源頼朝の軍を破った戦闘。この月17日伊豆の北条に挙兵した頼朝は,同国目代(もくだい)山木兼隆を討ち,平氏討滅の緒戦を飾ったが,従う兵はまだ少なく,駿河方面からの圧迫も加わった。そのため頼朝は,源氏累代の家人であり,水軍を通じて近隣沿岸諸国の武士団と広い関係を有する三浦氏と合流しようとし,20日北条時政ら伊豆・相模の武士を率いて伊豆国を進発,途中駿河国東部の兵も加わり,23日石橋山に300騎をもって布陣した。

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世界大百科事典内の石橋山の戦の言及

【三浦氏】より

…1180年(治承4)源頼朝の伊豆挙兵も,三浦氏の荷担があって初めて実現しえた。実際には,おりからの豪雨で河川が増水し三浦一族の到着が遅れたため,頼朝は石橋山の戦に敗れたが,その頼朝が海路を安房へのがれることができた背景には,海上権を握る三浦氏の尽力があった。石橋山ののち三浦一族も三浦衣笠(きぬがさ)城に敗れ,義明が戦死,子義澄(よしずみ)以下は安房へ渡って頼朝に合流し,幕府草創に参画した。…

※「石橋山の戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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