日本大百科全書(ニッポニカ) 「社会性不安障害」の意味・わかりやすい解説
社会性不安障害
しゃかいせいふあんしょうがい
世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(ICD‐10)では、ほぼ一貫して「社会恐怖」として叙述されてきたが、アメリカ精神医学会が定めている精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM‐Ⅳ)では、「社会恐怖(社会性不安障害)」として述べられてきたもの。最近、この「恐怖」ということばを避ける傾向にあり、「社会性不安障害(Social Anxiety Disorder:SAD)」といわれるようになった、一連の精神症状ないしは精神医学的診断のひとつである。
恥ずかしい思いや恥ずかしいと思う行為をしたとき、したかもしれないという考えにとらわれたときに、顕著で持続的な恐怖や不安を体験して不安反応を起こすことを基本概念とする。これは、低い自己評価と、批判されることに対する恐れとが絡み合って起こると考えられる。またこの反応は、状況と深い関係にあるばかりか状況が誘発するともいえるもので、顔が急に赤くなる(赤面)、手が震える(手の振戦(しんせん))、胃周辺の不快感、吐き気や嘔吐(おうと)あるいは下痢、発汗や頻回の尿意などを訴えるほか、動悸(どうき)や呼吸促迫などの自律神経症状がみられ、急速なめまいや脱力などを伴うパニック発作の形をとることもある。発作は比較的少人数のなかで起こることが多い。一般的には青年期に好発し、男女にあまり差はない。
ICD‐10では診断のガイドラインを示して、「(a)心理的症状、行動症状あるいは自律神経症状は、不安の一次的発現であり、妄想(誤った考えを確信している状態)あるいは強迫的思考(鍵(かぎ)をかけ忘れたのではないかといった、打ち消すことができない考え)のような他の症状に対する二次的なものであってはならない、(b)不安は、特定の社会的状況に限定されるか、あるいはそこで優勢でなければならない、(c)恐怖症的状況の回避が際だった特徴でなければならない」といい、だれにもみられる一般的な心理的恐怖や不安であって、妄想あるいは強迫的思考のような精神病理性の高い症状から起こるものではなく、これらの症状は狭い空間(エレベーターのなかなど)や、広いがどこにも逃げようがない広場にいるときなどのほか、大勢の人の前に立つというような特定の社会的状況に直面したときなどに出やすく、こうした症状が出やすい状況を極端に避けようとする傾向があるとしている。なお、従来からいわれてきた対人恐怖やこうした閉所恐怖や広場恐怖、おもに自律神経症状などを急速に発症するパニック障害も含めて考える向きもある。
また、気分が沈んだり高揚したりする気分障害や、打ち消すことができない考えや行為にとらわれている強迫性障害、あるいはアルコール依存や薬物依存などの物質関連障害や、身体的な異常が認められないにもかかわらず、さまざまな症状を訴える身体表現性障害に先行して社会性不安障害が現れるが、合併症として現れることもある。社会性不安障害を示す人には、批判されることを怖れ、対人関係を回避しようとしがちな回避性人格障害を認めることが多い。なお有病率は3%から13%という報告もある。
[吉川武彦]