最新 心理学事典 の解説
しゃかい・ぶんか・れきしてきはったつりろん
社会・文化・歴史的発達理論
socio-cultural-historical theory of development
【ビゴツキーの文化的学習(文化的発達)理論】 発達は,「子ども要因」と「環境(対象)要因」との相互作用のもとに生起するという相互作用論に立つが,発達にはその2要因に加え,3番目の要因を必須とすることに特徴がある。これは子どもが環境との相互作用を通して文化獲得活動をするときに,おとなないし年長児による「環境と子どもの相互作用を媒介する」教育的活動,ないし,そのときに使用されるおとなの言語・記号の果たす役割のことを指す。そして,この3要因がどのように子どもの発達に絡んでくるのかを説明したのが「文化的発達の一般的発生原理」である。たとえば,子どもが道徳的基準を身につけるには,道徳的認識・行為という対象の獲得を遂げねばならないが,その過程は最初,子ども自身では達成できないところを,おとなの手助けを受けながら,協働的に達成する精神間相互作用inter-psychological interaction(社会的相互作用)を経験する。その後,子どもは二人で達成したときのことを想起し,おとなから受けた援助を自分自身でやってみる(再構成する),すなわち精神内相互作用intra-psychological interaction(自己内相互作用)というプロセスを通るのである。
【文化心理学:四つの発達時間説】 ビゴツキー理論の提唱は当時,さまざまな見解のあった認知発達への文化の影響過程を扱う文化心理学の理論に多大な影響を与えた。その意味では,最初,社会・文化・歴史的発達理論は文化心理学の領域で結実したといってよい。なかでも,その中核は発達(発生)過程には四つの側面(発達時間)があるという視点を個人の発達にも取り入れたことである。文化心理学の中興の祖といわれるシュウェーダーShweder,R.A.によれば,文化心理学における文化とは,人の活動が歴史的に蓄積されたものであり,人が生きていくうえでの特有の媒体であるとされる。つまり,文化は人類が発生して以来,種の生物学的構造とともに進化してきたもので,人の行為の制約および道具の両方として働くものととらえられる。その意味で,人は社会的・文化的な環境から意味や資源をつかみ取り,利用する過程を通して心的発達を遂げていくと考えるのである。そして,ここで重要なことは,心的過程の文脈特殊性および社会的起源性とともに,「発生的」分析の必要性を強調することである。つまり,人の心を理解するためには,それが発達していくプロセスを,人間の生物学的制約を示す「系統発生」,文化形成・蓄積の過程を示す「歴史的発生」,個体の一生の変化過程を示す「個体発生」,短期の学習的変化過程を示す「微視発生」という四つの発生的領域で吟味されねばならないとする。具体的には,個体発生を微視発生や歴史的発生ないし系統発生に結びつけて説明することを意味し,研究上は操作可能な短期の発生(微視発生)から個体発生のあり方を予測するために,人の行為の意味と文脈を重視した,比較や発生的アプローチを中心とする方法論を採用することに特徴がある。
【コールの文化・歴史理論】 コールCole,M.は,文化心理学の「人の行為,活動が歴史的に蓄積された文化」という概念のソースの一つである歴史的観点をもつドイツ行為論に,マルクスの文化構造主義を結びつけたビゴツキーらのロシア文化・歴史学派の理論に依拠しながら,リテラシー(読み書き能力)の文化的道具としての獲得(発達)過程について,系統発生的視点を念頭におきつつ,歴史的・個体発生的・微視的発生レベルの関係の分析を試みている。彼はまずリテラシーの歴史的発生のプロセスを概観した後,リテラシーの個体発生を考えるには,子どもがおとなを介して世界を見るというシステム(媒介的構造)と,おとながテキストを介して世界を見るというシステムの二つが初めから存在しているという文化・歴史的環境を前提として考えねばならないと主張する。そのうえで,子どもと世界との間の具体的な相互交渉を始めにおとなが取りもつが,そのおとながテキストを介して世界と相互交渉を行なうことにより,子どもは二重のシステムを確立して,先に獲得した世界の情報とテキストの情報を統合するようになる,という微視発生のモデルを提案するのである。このモデルは明らかに,「人と人の間に共有される精神間機能が個人の精神内機能へ移行する」というビゴツキーの精神の社会起源説を具現化したものである。
【ワーチの社会文化理論(文化的道具論)】 ワーチWertsch,J.V.は,人のさまざまな認識の個人差を社会・文化・歴史・制度的文脈の観点から独自に説明することの重要性は意識しつつも,歴史的観点は発達を優れた方向への変化ととらえられがちになることに反発し,自身のアプローチを社会文化理論と位置づけ,ロシアの記号学者バフチンBakhtin,M.の理論を取り入れた文化的道具論を展開した。これは,ビゴツキーが単に心理的道具という概念で定式化した言語・記号の媒介的特性に関して,バフチン理論の特徴である媒介手段の多様性に注目し,媒介手段は言語・記号をはじめとする多種多様な品目を含んだ「道具箱」と位置づけてみる必要があるという。つまり,活動が生起する文脈に応じて異なる道具を使ったり,同じ道具が異なるグループや異なる文脈では,異なる使われ方をしている,ということを通して文化的発達の多様性が生起するというのである。道具箱アプローチの意義は発達観の変遷に大きな影響を与えた。従来の認知発達理論は,とくにピアジェPiaget,J.の理論に代表される単線型の発達コースを想定する個体主義的な絶対的・普遍的発達観を基盤とする。さらに個体である子どもがある精神的能力をもつかもたないか,という「所有論」を前提とするが,これを明確に否定するとともに,認識形成のあり方を,たとえば学校教育制度における論理的・科学的言語使用に基づく論理的・科学的思考の形成といった,社会文化的文脈に配置された多様な道具箱からの媒介的道具の選択に基づく行為の結果であるとして,複線型の発達コースを想定した相対的発達観を主張するのである。
〔田島 信元〕
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