神判(読み)シンパン(その他表記)ordeal
judicium Dei[ラテン]
Gottesurteil[ドイツ]
ordalie[フランス]

デジタル大辞泉 「神判」の意味・読み・例文・類語

しん‐ぱん【神判】

ある人が罪を犯したかどうかの判定を、神意によって決定する裁判。古代・中世には広く各国にみられた。日本では探湯くかたちがその例。

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精選版 日本国語大辞典 「神判」の意味・読み・例文・類語

しん‐ぱん【神判】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 占卜、託宣などによって得た結論を神意として受けとり、それに従うこと。また、その神意としての徴証。
    1. [初出の実例]「御定云、末貞・友成相共可神判之由者」(出典:小山田文書‐一・大治五年(1130)四月一四日・宇佐八幡宮公文所問注日記)
  3. 神前に起請すること。また、起請の詞。起請文。
    1. [初出の実例]「能俊入供補任持来、神判出之」(出典:北野社家日記‐延徳二年(1490)三月六日)
    2. 「銘々に神判・血判などさせられ候て可然之由仰候」(出典:上井覚兼日記‐天正二年(1574)八月一〇日)

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改訂新版 世界大百科事典 「神判」の意味・わかりやすい解説

神判 (しんぱん)
ordeal
judicium Dei[ラテン]
Gottesurteil[ドイツ]
ordalie[フランス]

世界の古代的社会で普遍的に見られる,超自然的存在に判断をゆだねる裁判の一形態。神裁ともいう。ある者の主張が真実であるか否か,またある者が犯罪にかかわっているか否かを,人智では判断しがたいとき,神意に問い判定する神判は,もともと中世以前のヨーロッパで行われていた裁判方法judicium Deiを指したが,ヨーロッパ世界以外の類似した現象をも広く包括していう。したがって判断の主体はキリスト教の神だけでなく,諸神,諸精霊なども含めた超自然的存在一般にまで拡大することができる。ヨーロッパ古代・中世,中国,日本,あるいはインドの《マヌ法典》《ナラダ法典》などにある神判が比較的よく知られている。中田薫は古代インドに行われた事例などから次の8種をあげている。(1)火神判(灼熱した鉄を握らせる),(2)水神判(水底に没して一定時間耐えさせる),(3)秤神判(体重を2度計量して前後を比較する),(4)毒神判(毒を食させ,または毒蛇にかませる),(5)神水神判(神水をのませる),(6)嚼米神判(神饌米をかませる),(7)沸油神判(沸かした油の中から貨幣をとらせる),(8)抽籤神判(黒白二つのくじをひかせる)の8種である。このほかにもワニが害すかどうかによる鰐魚神判(ベトナム)などもあるが,いずれにしても危険,苦痛をともなう裁判方法といえる。しかし古代的社会においては,こうした超自然的存在によって相争う主張に決着がつき当該社会に安定がもたらされ,あるいは当事者間に平和がもたらされたのである。
裁判
執筆者:

ヨーロッパでは,ローマ,ゲルマン時代から行われ,そこでは,神は法の番人であるために,神は,地上の法的争いで有責者が放免判決を言い渡されたり,無責者が有責判決を言い渡されたりするのを忍ぶものではなく,この危険がある場合,神は呼び出され,自身で被告の有責無責を天の啓示によって示す,というのが基本観念である。いわゆる神をまだ知らない段階では,責を追及される人は,これを回避するため,みずから進んで,水または火のような自然力の判断に身を投じるという手段をとったが,キリスト教時代にも,この名ごりは,神が特に自然力によって自身の判断を示す形態に見受けられる。中世には,神判は,訴訟に関する限りは,証拠方法の一種であるが,少なくもその後期を除き,証書,証言のような他の証拠方法の利用は大きな制限を受けていたために,神判は宣誓と並んで重要な証拠方法であり,しかも,この両者は,場合により不幸につながるという点で共通するものがある。神判は,当然にも宗教上の儀式として神聖な手続と形態とをもって行われる。例えば,立証者の断食,祈禱,祓魔等である。ヨーロッパにおける神判の種類には,赤鉄または釜湯を用いる火神判,身体を水中に投じる水神判のほかにパンまたはチーズの一片を用いる小片神判,十字架を用いる十字架神判などがある。決闘神判は,本来は神判ではなかったが,早くに神判の一つに数えられることになった。神判に対する権力者からの非難は,すでに9世紀に始まるが,1215年の第4次ラテラノ公会議の禁止決議以後,神判はヨーロッパ各地で急速に衰え,証拠方法の合理化が進むが,民衆意識の中には根強く残り,根絶は17世紀末である。
執筆者:

アフリカにおける神判は,とりわけヨーロッパとのかかわりにおいて注目されるべきものである。アフリカ社会において,神判は主として妖術師,邪術師などを告発する伝統的な手段として広く普及していた。被疑者に樹皮からとった毒を飲ませ,嘔吐できずに死んだ場合には,すなわちそれが有罪の証明であるとする形式や,また熱湯,薬草を用いるものなどが代表的である。これら,妖術witchcraft,邪術sorceryを含む呪術magicの体系は,アフリカ社会の信仰体系の中心をなすといわれ,神判は信仰体系を統合する大きな要因ととらえることができる。しかしヨーロッパ人との接触後,特に植民地支配をうけてからは,これら呪術の体系は弾圧・禁止されていった(1920~30年代)。ヨーロッパ世界から否定された背景には,神判や妖術などが,中世以前にヨーロッパにあった神判や魔女裁判と類似していたという事情がある。ヨーロッパの近代合理主義が前近代的な呪術的思考の産物として神判や魔女裁判をきびしく否定し,葬り去ったのと同様な対応がアフリカでも行われた。この傾向は,独立以後近代化をすすめるアフリカ人みずからの手でも推進され,神判はその本来の機能を失って形骸化していく。もちろんそれが完全に消滅したわけではなく,形を変えて残ってはいるが,博物館的存在になっているのは否めない。
呪術 →神託
執筆者:

日本においては,先に中田薫が整理した8種のうち,火,神水,沸油,抽籤の4種によく似た方法が古代から近世初頭にかけて行われている。例えば火神判は鉄火(灼熱した鉄棒を握らせる),神水神判は神水起請(しんすいきしよう),沸油神判は盟神探湯(くかたち),湯起請(熱湯の中の石をとらせる)が類似のものであり,また抽籤神判にあたる鬮(くじ)とりもしばしば行われた。日本で行われた神判としては,このほか,参籠起請(2日,3日または7日,14日などあらかじめ決められた日数を社頭に参籠させる),村起請(多数の村人をいっせいに参籠させることか),落書(らくしよ)起請(無記名の落書で犯罪者を投票させる)などをあげることができる。このうち落書起請については,犯人捜査の手段であるにすぎず,神判とはいえないとする説もあるが,票がはいること自体神意とされたことを考えれば,神判の一つとみなすべきである。

 日本で行われた神判の多くは,あらかじめ誓約をなし,その誓約に偽りがあった場合にはなんらかの兆候があらわれるものとされる。その兆候を〈失(しつ)〉といい,例えば湯起請・鉄火の場合には,石・鉄の取落しややけどが〈失〉であり,またいずれの場合も,不参,欠席,逃亡などはただちに〈失〉と認定された。参籠起請の〈失〉は1235年(嘉禎1)の鎌倉幕府追加法に九ヵ条の規準が定められており,一定期間内に鼻血,発病,鳥に尿をかけられること,鼠に衣装を食い破られること,乗用の馬が斃死することなどのことが見られた場合には〈失〉ありと断定されることになっている。

 湯起請や鉄火は犯罪の解明ばかりでなく,境相論の際も双方の主張が対立して収めがたいときなど,しばしば行われ,また鬮とりは,継嗣のないままに臨終を迎えた足利義持のあとの将軍を,石清水八幡宮神前での鬮とりで義教に定めた例などが有名であるが,このように史料に見える日本の神判は,盟神探湯,参籠起請などを除くと,ほとんど室町時代,15世紀以降のものである。この点については,古代以来在地では行われていた神判が,このころ文献に記録されるようになったとする考え方と,この時期の社会的要請から神判が復活したものである,とする考え方とがある。
執筆者:

中国では神判は世界でも最も早く姿を消した。漢代ではもはや文字の構成要素の中に伝説的に伝えられたにとどまる。後漢の許慎の《説文解字》によると,〈法〉の古字は〈灋〉と記し,その中で〈廌〉と記せられている部分は〈解廌(獬豸)(かいち)〉という山牛とも一角羊ともいわれる神獣で,よく直と不直を弁別し裁判に用いた,というものである。〈氵〉をつけるのは公平の意,〈去〉をつけるのは不直のものを去らしめる意で〈法〉字を構成するわけである。のち,獬豸は法の象徴として唐代御史台の官の冠に獬豸を珠でかたどり,法冠,獬豸冠などといった。陵墓の墓道の石獣の中に配置されたり,鎮墓獣として漢・晋間の墳墓中にみられる一角獣もやはり獬豸であろう。

 神判の形式はその性質上,ヨーロッパ中世のような発達した社会でもかの魔女裁判で行われた水審(水神判)のように審問手続として長く用いられるが,中国ではリンチや風俗は別として,少なくとも公的権力の行使としては審問手続としても用いられた形跡はない。秦・漢以前の西周や春秋の時代にも上のような神判は記録的に確認できず,ただ〈誓〉〈盟〉(ちかい)は盛行した。誓は自己呪詛を伴うもので,やはり神判の一種である。中国では前5世紀ごろから成文の法が徐々に発達し,秦の始皇帝以後の集権的統一国家体制と成文法の確立という形勢は,大局的にみて神判を早くに後退させたと思われる。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「神判」の意味・わかりやすい解説

神判
しんぱん
Judicium Dei ラテン語
ordeal 英語

神などの超自然的権威に訴えて、行為の正邪、ことばの真偽を判定する裁判方法。神意を判定するためのさまざまな手段・方法が世界各地にみられる。普通はその手段自体が現実に物理的被害を与えたり致命的だったりするものが多く、ときには罪の証明がそれ自体罰になるが、単に偶然性に依存しているものもある。次のようなさまざまな神判の方法がヨーロッパの古法において用いられた。

 火神判では赤熱した鉄をつかませたり、裸足で火の上を歩かせたり、また熱湯の中に手を入れさせ火傷の有無を調べた。もし火傷をしていなかったなら無罪とされたのである。聖餐(せいさん)神判では司祭が祈りのことばとともに被告発者の口の中に聖別されたパンを入れた。もしもその人物がそれを飲み込んだなら無罪とされ、吐き出したり途中でひっかかったりしたなら有罪とされた。棺台の神判は殺人の場合に用いられた。殺害された人が棺台の上に置かれ、被告発者がその体に触る。もし死体から血が流れ出たり、口から泡を出したりした場合、または死体の位置が変わったりしたならその人物は有罪とされた。このほかにも決闘で負けたほうが有罪とされたり、くじ引きもまた神判の方法として用いられた。

 インドでもマヌやナラダの古代法典に火神判や水神判とともに次のような方法が記されている。被疑者の体重を2回量り、前後の計量の差異により罪の有無を判定する。毒を飲ませ中毒の有無により判定するなど。中国でも毒蛇や煮えた油を用いた神判があった。またヤギに似た一角の動物が存在し、これが裁判のとき嘘(うそ)をついている者を発見したという。

 古代日本では熱湯に手を入れさせ火傷の有無で罪を判定する盟神探湯(くかたち)があった。これとほぼ同じ方法の湯起請(ゆぎしょう)が室町時代に行われたと記録にある。日本では神判のあるものは江戸時代に入っても行われていた。

 ヨーロッパでは1215年のラテラン公会議で聖職者の神判立会いが禁止され、公的には神判は正当性を失った。これ以後裁判制度の発展とともに神判は徐々に行われなくなる。しかし14世紀から16世紀までヨーロッパに吹き荒れた魔女狩りの嵐(あらし)のなかで神判による試罪法が復活した。魔女であることを証明するさまざまな方法が確立されたが、そのなかでもとくに水神判が用いられた。これは、魔女として告発された者を裸にし、右手の親指を左足の親指に、左手の親指を右足の親指に結び付けて池や川の中に投げ込むのである。水中に沈めば無罪、浮かべば有罪の証拠であるとみなされたが、無罪となることはしばしばそのまま溺死(できし)することであり、浮かんで溺死を免れれば魔女として絞首刑に付されるのである。この試罪法はイングランドでは18世紀に入ってもなお用いられたという。

 アフリカでも妖術(ようじゅつ)者の判定に神判が広く用いられた。たとえばコンゴ民主共和国(旧ザイール)に住む農耕民レレでは、ある樹皮からとった毒が使用された。妖術者として告発された者がこれを飲んで吐き出したら無罪、死んだら有罪とされた。妖術者の嫌疑を受けた者たちはそのたびに毒を飲むのではなく、ある一定の期間を置いてすべての被疑者がいっしょに毒を飲んだという。マラウイ湖北側に住む農耕民ニャキュサでは告発した側と告発された側がともに毒を飲んだ。ここでは双方とも代理の者をたてることができ、吐き出すのがうまい者が代理になったという。こうした試罪法は植民地政府により20世紀初頭には全面的に禁止された。その結果、妖術者が増え、はびこることになったと感じた社会もある。しかし、毒や焼いた鉄などは用いられなくなったが神判の思想は生き続け、たとえば東アフリカの農耕民メルでは現在も、告発した者とされた者が、長老集団の管理する「呪(のろ)いの穴」を用いて互いに他を呪う。虚偽を語った者とその親族が次々に死ぬと信じられているのである。

[加藤 泰]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「神判」の意味・わかりやすい解説

神判
しんぱん
Ordeal

神意によって犯罪人を裁く方法で,過酷な肉体的・精神的試練を伴う。原始社会以来世界の各地,各時代に多種多様の形式があり,手段として火,水,焼けた鉄が最も多く用いられたが,神の審判の反映として当事者の心理,良心に訴える点で共通性があった。個人の誓約を重視する考え方の発達につれて罪科の判別法も変化し,事実の認定に関する証言が口頭宣誓人の誓約に基づいて提出されるようになると,陪審員が事実の判定者の役割を果すことになり,神判は原則的に行われなくなった。

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世界大百科事典(旧版)内の神判の言及

【毒】より

…両者とも新参者は,それらの毒をみずからの肉体に受け耐えることを要求されるのである。 毒は神判に使われることもある。とくにアフリカの原住民社会にみられ,おもにアカバナノキ(エリスロフュレウム属),カラバル豆(フィゾスティグマ属),ストリクノス属の植物が使われる。…

※「神判」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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