秋刀魚の味(読み)さんまのあじ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「秋刀魚の味」の意味・わかりやすい解説

秋刀魚の味
さんまのあじ

日本映画。1962年(昭和37)松竹作品。小津安二郎(おづやすじろう)監督遺作。老サラリーマンの平山周平(笠智衆(りゅうちしゅう))は仲間から娘の路子(岩下志麻(いわしたしま)、1941― )を嫁に出すようにいわれ、娘の結婚話に奔走するが、行き違いから好きな人とは結婚できず、勧められた別な人と結婚する。小津安二郎の晩期の映画話法の粋(すい)を凝らした傑作。娘の結婚話が主題となっている点では、『晩春』(1949)以来、『秋日和(びより)』(1960)に至るまで共通の主題であるが、平山の恩師東野英治郎(とうのえいじろう)、1907―1994)の娘(杉村春子(すぎむらはるこ))の無残な姿や、結婚式の後、亡き妻に似ているというバーのマダム岸田今日子(きしだきょうこ)、1930―2006)に、葬式帰りと間違えられるも、否定しないところなど、ユーモアとともに小津作品にみられる残酷さも際だっている。ラストに、娘の部屋の鏡や、それまで画面に出てこなかった階段を映し出し、台所で水を飲む父親の姿に、晩年の小津の姿が重なる。

[坂尻昌平]

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改訂新版 世界大百科事典 「秋刀魚の味」の意味・わかりやすい解説

秋刀魚の味 (さんまのあじ)

小津安二郎監督の遺作になった松竹映画。1962年製作。アグファカラー,スタンダードサイズによる撮影は厚田雄春,美術は浜田辰雄,音楽は斎藤高順というスタッフはいつもと変わらず,夏に脚本野田高梧蓼科の山にこもって構想を練り,秋の3ヵ月をかけて撮影。婚期を逸した娘(岩下志麻)と父親(笠智衆)のかかわりを中心にすえた物語は脚本の野田高梧と初めてコンビを組んだ《晩春》(1949)を踏襲しているが,初老の父親の旧友たち(中村伸郎,北竜二)による子どもっぽいうそのつき合いやからかい半分の冗談応酬が喜劇味を加えている。しかし,その笑いの中で,若い女性と再婚した北竜二のことを〈あいつは死んだよ〉といって,小料理屋の女将(高橋とよ)をかついでからかうシーンなどには,死の予感が漂っていて見る者をとまどわせるものがある。元海軍将校の笠智衆が,亡き妻にどこかしら似ているというマダム(岸田今日子)のいるバーに通いつめ,かつての部下(加東大介)からせがまれて《軍艦マーチ》に合わせて敬礼するシーンは小津映画の哀感を凝縮して圧巻。小津は次回作《大根と人参》には初期の相棒であった池田忠雄に脚本への参加を要請していたが,その死によって実現せず,渋谷実監督によって撮られることになった。
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デジタル大辞泉プラス 「秋刀魚の味」の解説

秋刀魚の味

1962年公開の日本映画。監督・脚本:小津安二郎、脚本:野田高梧、撮影:厚田雄春。出演:笠智衆、岩下志麻、三上真一郎、佐田啓二、岡田茉莉子、東野英治郎、岸田今日子ほか。第17回毎日映画コンクール撮影賞、男優助演賞(東野英治郎)、女優助演賞(岸田今日子)ほか受賞。監督・小津の遺作。

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世界大百科事典(旧版)内の秋刀魚の味の言及

【小津安二郎】より

…芸術院会員に選ばれた1963年12月12日,還暦の年の誕生日に正確に60歳で死亡。遺作は《秋刀魚の味》(1962)。晩年は日本的な伝統美に回帰し社会問題に背を向けたと批判されたが,その作品には戦争がたえず不在の影を落としているし,不動の構図が切りとる現実の断片は,一貫して生の過酷さと甘美さとを漂わしていた。…

※「秋刀魚の味」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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