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秋田実 アキタミノル

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

秋田実

本名・林広次(ひろつぐ)。大阪府生まれ。1928年に東京大学文学部に入学して左翼運動に関わるが、弾圧が強まるなか大学を中退して帰郷。31年暮れ、横山エンタツとの出会いを機に漫才の台本作りに進み、日常会話主体の「しゃべくり漫才」の分野を確立した。敗戦直前の45年3月、「満洲演芸協会」の責任者に任じられて中国・東北地方へ渡り、46年11月に帰国。戦後も上方漫才の発展に尽力した。横山エンタツ・花菱アチャコ、秋田Aスケ・Bスケ、夢路いとし喜味こいし、ミヤコ蝶々・南都雄二ら多くのコンビを育て、77年10月27日に72歳で死去。

(2017-08-25 朝日新聞 夕刊 1社会)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

秋田実 あきた-みのる

1905-1977 昭和時代の漫才作家。
明治38年7月15日生まれ。東京帝大を中退して大阪の吉本興業に入社。文芸部員となり,横山エンタツ,花菱(はなびし)アチャコの漫才台本を執筆。以後漫才作家としてミヤコ蝶々,南都雄二などおおくのスターをそだてた。晩年は大阪芸大教授。昭和52年10月27日死去。72歳。大阪出身。本名は林広次。著作に「私は漫才作者」「日本語と笑い」など。
【格言など】親やと思って,そんなに子供にえらそうにしたらあかん。親と子供は同い年やないか(藤田富美恵著「父の背中」)

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大辞林 第三版の解説

あきたみのる【秋田実】

1905~1977) 漫才作家。大阪生まれ。本名、林広次。東大卒。多数の漫才台本を執筆。特に、上方漫才の育成に貢献。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

秋田実
あきたみのる
(1905―1977)

漫才作家。本名林広次。大阪生まれ。東京帝国大学支那(しな)哲学科に学ぶ。1934年(昭和9)吉本興業文芸部に所属後、漫才台本を次々と執筆し、多数の優れた漫才師を育成した。また、NHK演芸台本研究会を創設し、放送台本、構成に尽力してNHK放送文化賞を受賞。「漫才作家くらぶ」、雑誌『漫才』を主宰。『秋田実漫才選集』(1973)、『私は漫才作者』(1975)、『日本語と笑い』(1976)など著書も多い。上方(かみがた)漫才の育成に貢献し、大衆芸能発展に大きな業績を残した。[関山和夫]

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動植物名よみかた辞典 普及版の解説

秋田実 (アキノタノミ)

植物。イネ科一年草,薬用植物。イネの別称

出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報

世界大百科事典内の秋田実の言及

【漫才】より

…落語や講談と違って万才は形の決まらない即興の話芸であり,その不定形の様式が,この時代に万才の発展した原因である。そのように万才の様式を使い慣らしたのは横山エンタツ(1896‐1971)であり,彼が相方の花菱アチャコ(1897‐1974)との掛合いですでに手がかりをつかんでいた話芸の芽をさらに大きく伸ばしたのは,朝日新聞大阪本社の白石凡(1898‐1984)が,彼を秋田実(1905‐78)に引き合わせたのが機縁となっている。秋田実は大阪生れで,東京大学中国哲学科に在学中,日本労働組合全国協議会傘下の機関誌部に入り,非合法の活動に加わった。…

※「秋田実」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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