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筑後平野 ちくごへいや

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

筑後平野
ちくごへいや

福岡県南部,筑紫平野の東半分にあたる平野。福岡県側をさし,佐賀県側は佐賀平野と呼ぶ。面積約 600km2。久留米市付近を境に北部を北野 (両筑) 平野,南部を南筑平野と呼ぶ。古くから開発が進み,現在は国内有数の穀倉地帯で,イグサ栽培と加工,果樹,野菜の栽培や,清酒,家具,久留米絣その他の伝統工業が盛ん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

筑後平野
ちくごへいや

福岡県南部、有明(ありあけ)海に臨み、筑後川、矢部(やべ)川の中・下流に広がる福岡県側の平野の総称。筑後川右岸の佐賀県側を佐賀平野といい、これをあわせて筑紫(つくし)平野とよぶ。耳納(みのう)山地により北部の両筑(りょうちく)(北野(きたの))平野と南部の南筑(なんちく)(柳川(やながわ))平野とに分けられる。両筑平野は、耳納山地・三郡(さんぐん)山地の断層崖(がい)下に発達した扇状地と筑後川支流の沖積平野からなり、南筑平野は東部の低い洪積台地と、筑後川と矢部川がつくった沖積平野からなり、有明海沿岸には17世紀以降干拓地が造成されてきた。ほぼ全域で条里制の遺構がみられ、古代から農業が盛んで、土地利用は水田が圧倒的であるが、両筑平野では田主丸(たぬしまる)付近の苗木栽培、南筑平野の八女(やめ)付近の茶などのほか、園芸農業、酪農などの畜産業も盛んである。とくに南筑平野は米作の裏作としてのイグサ栽培が盛んで、用排水路としてクリーク網が発達。久留米(くるめ)、大牟田(おおむた)などが中心都市で人口密度も高い。[石黒正紀]

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世界大百科事典内の筑後平野の言及

【筑後国】より

…なお三池藩は1806年(文化3)に幕府に収公され,藩主立花種善は陸奥下手渡(しもてど)に移封されたが,68年(明治1)に旧地に復した。
[社会,経済]
 筑後国の中心は筑後川および矢部川によって形づくられた筑後平野である。筑後川は筑後の〈母なる川〉であると同時に〈暴れ川〉である。…

【筑紫平野】より

…地形的には3段の段丘,沖積平野,干拓地に分類される。地域的には脊振山地と耳納山地が接近する久留米市付近を境に北部の両筑平野(北野平野),南部の福岡県側の南筑平野(この二つを合わせて筑後平野ともいう),佐賀県側の佐賀平野に分かれる。ほぼ三角形をなす両筑平野の北東側,古処・馬見両山の山麓には上・中位段丘が断片的に発達しているが,大部分は段丘化した扇状地と筑後川のはんらん原である。…

※「筑後平野」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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