( 1 )「そろばん」の中国から日本への伝来が室町時代末期であることなどから、「そろばん」は「算盤」の唐音ソワンパンが日本語化したものといわれる。
( 2 )漢字「算」と「そろ」という音とが結びつかないため、音の合う「十露盤」が江戸時代前期頃から多く使用されている(「十」は和語では「そ」という)。他に、「珠盤」などの借義的な表記も見られる。
珠を使って加減乗除,開平開立などの計算を行う器具をいう。天元術で用いる算木を置く板や紙なども同じ〈算盤〉の漢字で表すが,これは〈さんばん〉と読む(中国の算盤については後出)。珠を使って数を表したり計算をする方法は西洋でも古くからあり,アバクスabacusと呼ばれている。古代ギリシアでは石を並べて計算する方法があり,エーゲ海のサラミス島で発見された大理石の盤は,長さ1.49m,幅0.75m,厚さ4.5~7.5cmで,表に6本と11本の平行線が刻まれており,今から2000年以上前のものと推定されている。学者によっては,これは計算盤ではなく遊戯盤ではないかと疑う者もいる。ギリシアの計算法はローマに受け継がれ,盤の溝に珠をはめこんで,この珠を動かして計算する計算盤も使われた。上1個,下4個で,今日のそろばんとよく似ている。一方,板の上に線を引いたり,溝を掘る,あるいは土や砂の上に筋を引いてその上に小石やコインをのせて計算する方法もあった。これは,中国のそろばんのように,左から,1,10,100,……の位を表す方法と,下から上へ,1,10,100,……の位を表す方法の二通りがある。今日,ロシアで使われている計算盤は下から上への型で,横の棒に珠が10個あり,中の2個が色が変えられている。西洋の計算盤と中国の算盤との関係,すなわち,一方から他方へ伝わったのか,自然発生的に別々に生まれたのかははっきりしていない。中国では紀元前にすでに珠を使う計算法があったらしい。漢の徐岳が2世紀ころ撰し,北周の甄鸞(しんらん)が6世紀ころ注を入れた《数術記遺》に〈珠算〉の語がある。板を刻んで三つの部分とし,上部と下部に遊び珠を置く。上と下とでは珠につけられた色が違う。上の珠1個で5を表し,下の珠1個で1を表す。中央部に区分けされた位取りの場所に,上と下から珠をとり出して置く。今日のそろばんの原型である。しかし,《数術記遺》自体が疑問の書で,そろばんの原型についても異説がある。漢代から宋代に至る約1000年の間は今のところ珠算に関する記録は見つかっていない。北宋,1108年(大観2)の洪水のあとから,質屋の看板とともに木製の穴のあいた珠が見つかった。《静修先生文集》(1248-93)に〈算盤〉の語がある。元代の《輟耕(てつこう)録》(1366)に〈擂盤珠〉〈算盤珠〉〈仏頂珠〉の語がある。漢字を覚えるための絵本《魁本対相四言》(1371)には,今日の中国算盤と同じ絵が書かれている。すなわち,これより少なくとも100年以上前にそろばんが普及していたと思える。
日本にいつごろ中国のそろばんが伝来されたかははっきりしていない。室町時代には普及していたと思われる。侯継高の《全浙兵制考》の付録《日本風土記》は16世紀末ころまでの日本の状況を述べているが,この中に算盤を〈所六盤,そおはん〉といっている。すなわち,算盤を日本ではそろばんと発音することを示している。日本へきた宣教師たちの記録にもある。現存最古のそろばんは,前田利家が文禄の役(1592)のとき,九州の肥前名護屋で使ったそろばんが前田家の尊経閣に保存されている。これは,上2珠,下5珠,9桁で,手のひらにのるような小型である。珠には角があって日本式になっている。中国式の回転楕円体の形をした珠をもつそろばんはまだ見つかっていない。伊勢の吉見氏所蔵のそろばんは,1444年(文安1)とあるが,この年号に疑問をもつ学者が多い。上2珠,下5珠,25桁である。珠算は,中国で生まれた掛算の〈九九〉と,割算の〈八算〉(中国の九帰)とにより,乗除が簡単にできた。除数1桁の〈八算〉(二一天作五などの割声(わりごえ)),2桁以上の〈見一〉を使う割算の方法を帰除法というが,これは昭和初期まで行われた。割算を掛算の逆算として行う商除法は江戸初期にはすでにあり,上1珠,下5珠のそろばんもすでに現れていた。上1珠,下4珠のそろばんは江戸中期に一部で使われたが広まらなかった。1935年の小学校の教科書改訂(いわゆる緑表紙)において,38年の4年下の教科書から珠算計算が始まる。この教科書では上1珠,下4珠,4桁くぎりの定位点のあるそろばんである。上1珠,下5珠のそろばんのいちばん下の珠をひもや紙でおさえて動かないようにした。40-41年ころに上1珠,下4珠のそろばんが売られるようになった。これは戦争のための物資不足を補うためである。そろばんは,上珠1個を5,下珠1個を1とするいわゆる五-二進法になっているが,これは算木の置き方と関係があるのであろう。珠算算法についても,算木による計算法をとり入れている。そろばんは,加減乗除はもちろん,開平開立,あるいは一元n次方程式の解法まで,種々の計算ができる器具で,そろばんと珠算算法とが表裏一体となって改良されてきた。日本式のそろばんはアメリカをはじめ世界各国に輸出されている。
執筆者:下平 和夫
中国から伝来した15世紀ころには,そろばんは貴族,僧侶,武士など上層階級で使用されていたが,16世紀の後半以降は,和算の発展に伴って,私塾,寺子屋などにおける教育によって一般庶民の間に広まった。1872年(明治5),明治新政府によって,小学校においては洋算採用,和算廃止の方針が公示されたが,翌年には和洋併用も可とされるなどいろいろな過程を経て,現在では3年から加法と減法が指導され,高等学校では,旧制商業学校の珠算科,商業算術科の内容を受け継いだ計算事務科で指導されている。
珠算の普及には,実務界の要求のほか,1928年に創設された珠算能力検定試験の施行が大きな役割を果たしているといえる。現在は,日本商工会議所,各地商工会議所主催で年3回,1~3級の試験が全国一斉に施行されており,受験者数は年間138万人を数えている。この試験の1級の種目・程度および内容は,およそ次のとおりである。(1)乗算 乗数,被乗数あわせて11桁のもの20題。制限時間10分。(2)除算 除数,商あわせて10桁のもの20題。制限時間10分。(3)見取算(加減算) 5~10桁,15口,1題120字のもの10題。制限時間10分。(4)伝票算(加算) 5~9桁,15枚,1題110字のもの10題。制限時間10分。
合格は,各100点満点のうち各種目80点以上。名人級のトップレベルの技能者は,上記程度の計算はすべて暗算計算が可能で,見取算を例にとれば,1題15秒程度で計算完了の技能をもっている。
そろばんは,その構造が十進位取記数法と合致しているので,数観念の養成に最適の教具と評価されるとともに,珠算の学習によって,そろばん珠の心像を操作して行う珠算式暗算の能力が自然に身につくことから,電卓やパソコンなど電子式計算機器の普及にもかかわらず国民一般に広く学習されている。珠算塾などの源流は江戸時代の寺子屋であるが,現在のような形態をとるようになったのは20世紀初頭からで,第2次世界大戦終了後急激に増加して現在に至っている。
執筆者:江崎 真一
算盤のほか算木,算籌とも書かれる。中国では古くから計算には算,籌,策などと呼ばれた算木が使用された。《漢書》律歴志によると,算木には竹が用いられ,直径3分,長さ6寸という標準的なサイズが示されている。後世には木や金属,玉などでも作られ,四角の形をした,まちまちの長さのものがあった。算木で数を表す場合,並べ方には縦式と横式とがあって,縦式によって一,百,万の位などの数を,横式によって十,千の位などの数を示し,両者を組み合わせて任意の数を表現した。ゼロのところは空白にした。算木は碁盤目にくぎられた計算盤,すなわち算盤の上に並べられ,これを布算といった。中国ではすでに漢代の《九章算術》から負数が使われたが,負数を表すには末尾の数に算木を斜めに置いたり,正数に赤い算木を用いるのに対して負数には黒の算木を用いたりして区別した。算木と算盤によって四則計算や開平開立の計算が行われた。
執筆者:橋本 敬造
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
字通「算」の項目を見る。
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出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…巻三~六および巻八~十二の9巻は古算書《九章算術》の篇目に従って問題を配列し,巻十三~十六の〈難題〉は詩歌の形式で問題を書いている。明代に流行した庶民数学の代表作であるが,とくに巻二は〈そろばん〉による計算法を詳説している。数学に関心を持つ人々はこれを虎の巻として大切にしたといわれ,明・清時代にかけベストセラーとして流行し,たびたび版を重ねるとともに,多くの異版が出版された。…
…とくに近世末期以降,初等教育における基本的な教育内容とされ,また初等教育で獲得させる基礎的な能力・学力をいう。読み書き算ともいうが,日本では幕末から明治にかけ,計算は主としてそろばんで行ったので,これを〈読み書きそろばん〉といってきた。英語では,これに〈スリーアールズ〉(読み・書き・算を表すreading,writing,arithmeticの3語にRがあるので,3R’sという)の語をあてる。…
※「算盤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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