日本大百科全書(ニッポニカ) 「精神外科」の意味・わかりやすい解説
精神外科
せいしんげか
psychosurgery
病気によってゆがめられ変形固着した病的な精神状態、すなわち行動、思考内容、情動などの障害を正常に戻すことを目的として行われる脳手術療法をいい、脳の神経線維を切ったり、微小部分を切除、破壊、刺激する手技である。同様の処置は頑固な疼痛(とうつう)の救済法として脳神経外科的にも行われる。精神外科には、脳の解剖・生理と人間の異常行動との複雑な関係を解明する目的で行われる外科的手段による治療的・研究的アプローチの全領域が包含される。
1935年ポルトガルの神経学者エガス・モーニスは、精神障害が前頭葉内の神経細胞に異常なシナプス結合線維群を生ずるためにおこるという仮説に基づいて両側前部前頭葉白質切截(せっさい)術prefrontal leucotomyを考案し、精神症状を対象とする脳手術の分野を精神外科と命名した。翌年、アメリカの神経学者フリーマンW.Freeman(1895―1972)およびウォッツJ.W.Wattsはこの改良術式として前部前頭葉ロボトミーprefrontal lobotomyを発表し、世界各国にロボトミー(前頭葉切截術)のブームを引き起こした。49年には、その創始者としてモーニスにノーベル医学生理学賞が授与されたが、統合失調症(精神分裂病)の人格荒廃例に対する最後手段として使われる場合が多く、しかも無効・再発、術後の人格障害などが問題となり、術式の改良、適応症例の選択に留意されるようになった。その後、情動の調整に密接な関係のある大脳辺縁系に関連した部位(眼窩(がんか)脳内側、前帯回、視床、視床下部、扁桃(へんとう)核など)を標的として定位脳手術術式を用いて限局性に手術ができるようになった。今後はコンピュータ断層撮影(CT)の開発により、さらに正確で、人格障害などを生じない方法が期待される。
1970年代にアメリカで精神外科に反対する動きがみられ、日本でも同様の状態が続いているが、アメリカでは1977年に「精神外科に関する委員会報告と勧告」が公表され、適応症の選択が配慮されれば精神外科治療は有効(有効率78%)であるという結論が出された。適応症としては、重症うつ病のほか、周期性緊張病、夢幻様状態や錯乱状態の反復、分裂・情動型、パラフレニーなどの非定型内因性精神病、てんかんの精神諸症状、いろいろな器質的疾患による耐えがたい疼痛症候群、腸切除の適応となるような潰瘍(かいよう)性大腸炎や神経性無食欲症などの心身症状態などがあげられる。
[廣瀬貞雄]
『廣瀬貞雄著『精神外科』(新福尚武他編『精神医学書 上巻』所収・1980・金原出版)』