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中村真一郎 なかむらしんいちろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中村真一郎
なかむらしんいちろう

[生]1918.3.5. 東京
[没]1997.12.25. 静岡,熱海
詩人,小説家,評論家。第一高等学校を経て 1941東京大学仏文科卒業。 42年加藤周一福永武彦らと文学グループマチネ・ポエティク」を組織,脚韻を試みるなどの新しい詩運動を目指した。

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デジタル大辞泉の解説

なかむら‐しんいちろう〔‐シンイチラウ〕【中村真一郎】

[1918~1997]小説家・文芸評論家。東京の生まれ。戦時下に書き綴った「死の影の下に」などで戦後派作家として注目を集める。他に「空中庭園」「四季」四部作など。評伝「頼山陽(らいさんよう)とその時代」で芸術選奨受賞。芸術院会員。

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百科事典マイペディアの解説

中村真一郎【なかむらしんいちろう】

詩人・小説家・評論家。東京生れ。東大仏文科卒。1942年福永武彦加藤周一らと〈マチネ・ポエティク〉を結成,定型押韻詩を試みた。1947年《1946 文学的考察》を刊行。
→関連項目近代文学

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中村真一郎 なかむら-しんいちろう

1918-1997 昭和-平成時代の小説家,評論家。
大正7年3月5日生まれ。昭和17年加藤周一らとマチネ・ポエティクを結成。22年連作長編「死の影の下に」で戦後派作家として脚光をあびる。古今東西にわたる文学的教養をもとに,「空中庭園」,「四季」4部作など多数の作品を発表。47年評伝「頼山陽とその時代」で芸術選奨,平成2年「蠣崎波響(かきざき-はきょう)の生涯」で読売文学賞芸術院会員。平成9年12月25日死去。79歳。東京出身。東京帝大卒。

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大辞林 第三版の解説

なかむらしんいちろう【中村真一郎】

1918~1997) 小説家。東京生まれ。東大卒。「死の影の下に」連作など、二〇世紀フランス文学を基調とした前衛的な小説で戦後文壇に登場。私小説の伝統に対峙した全体小説の試みを持続する一方で、王朝文学や江戸漢詩人などにも関心を寄せた。小説「空中庭園」「四季」、評論「頼山陽とその時代」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中村真一郎
なかむらしんいちろう
(1918―1997)

小説家、評論家。1918年(大正7)3月5日、東京日本橋生まれる。東京帝国大学仏文科卒業。1941年(昭和16)ネルバルの『火の娘』の翻訳が縁となって堀辰雄を知り、師事する。42年加藤周一、福永武彦(たけひこ)らと文学研究グループ、マチネ・ポエティクを結成。一方、ファシズムの荒れ狂うなかで発表のあてもなく長編『死の影の下(した)に』を書き続けた。それは、第二次世界大戦後、雑誌連載ののち、47年に刊行されると一躍注目され、戦後派作家としての位置を確立した。同年『近代文学』の同人に参加。以後『死の影の下に』、『シオンの娘等』(1948)、『愛神と死神と』(1950)、『魂の夜の中を』(1951)、『長い旅の終り』(1952)の長編五部作をはじめ、『回転木馬』(1957)、『空中庭園』(1963)、『雲のゆき来』(1965)などで20世紀のヨーロッパ文学の手法をとり入れ、さまざまな文学的実験を試みることとなる。他方、評論『王朝の文学』(1957)や『頼山陽(らいさんよう)とその時代』(1971。芸術選奨受賞)などでも独自の境地を開く。評論にはほかに『芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の世界』(1968)、『近代文学への疑問』(1970)など多数ある。一生を四季にたとえ、10年がかりで完成した『四季』四部作(1975~84)が代表作とされる。『夏』で78年度谷崎潤一郎賞、『冬』で85年に日本文学大賞を受賞。日本の近代の作家にも関心が強く、芥川龍之介や豊島与志雄(よしお)を積極的に評価し、彼らの創作の試みを高く評価したことでも忘れることはできない。93年(平成5)から日本近代文学館理事長を務めた。1997年(平成9)12月25日没。[関口安義]
『『中村真一郎長篇全集』全4巻(1970~75・河出書房新社) ▽『中村真一郎評論全集』全1巻(1972・河出書房新社) ▽『中村真一郎短篇全集』全1巻(1973・河出書房新社) ▽『中村真一郎評論集成』全5巻(1984・岩波書店) ▽『中村真一郎劇詩集成』全2巻(1984~85・思潮社) ▽『中村真一郎小説集成』全13巻(1992~93・新潮社) ▽篠田一士解説『日本の文学72 中村真一郎他』(1969・中央公論社) ▽佐岐えりぬ著『時のいろどり――夫中村真一郎との日々によせて』(1999・里文出版)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の中村真一郎の言及

【福永武彦】より

…東大仏文科卒。1942年に中村真一郎,加藤周一らと文学グループ〈マチネ・ポエティク〉を結成し,押韻定型詩をこころみ,また長編を書きすすめた。戦後は結核が再発して療養生活をつづけたために出発がおくれたが,長編《風土》(1952)が西欧的ロマンとして注目され,《草の花》(1954)によって戦後作家としての位置を確立した。…

【フランス文学】より

…また,《詩と詩論》など,シュルレアリスムをはじめとする同時代の文学の紹介に熱意を示す雑誌が,つぎつぎに刊行されたのもこの時期である。 第2次大戦後,特筆しなければならないのは,野間宏におけるジッドやサルトル,中村真一郎におけるネルバルやプルーストのように,フランス文学に対する理解が,小説の方法そのものとして血肉化されていることである。モーリヤックと遠藤周作の関係についても,同じことが言える。…

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