集団の構成が雑多であるときには選抜によって一定の方向に変異をかたよらせることができるが,集団が純系に近づけば,内部には環境による変異のみが存在し,選抜は無効であるという説。W.L.ヨハンセン(1903)がインゲンマメの重量に関する選抜実験を基に提唱した。市販のマメの重さを測定すると連続的な変異を示すが,これをいくつかの階級に分け,その子孫のマメの重さを測ると重い階級の子孫の平均は全体の平均より重く,軽い階級の子孫の平均は軽かった。つまり重いマメを選抜した効果はあった。しかし自家受精によって得られた純系内で重いものと軽いものを分けて播種(はしゆ)し,その子孫を調べると差はなかった。純系化により遺伝的変異がなくなり,淘汰は働かなくなったのである。このような実験から生物個体には遺伝する変異と環境の影響による変異(彷徨(ほうこう)変異)があり,多くの遺伝子型の混合である集団において選抜は有効であるが,遺伝的に均一な純系に対しては選抜は無効であることを示した。これは選抜は決して遺伝的な変異を引き起こせないことを意味し,当時の遺伝子説において遺伝子自身の安定性についての基礎を与えた点に歴史的意義がある。
執筆者:大西 近江
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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