日本大百科全書(ニッポニカ) 「経済発展段階説」の意味・わかりやすい解説
経済発展段階説
けいざいはってんだんかいせつ
theory of economic stages 英語
wirtschaftliche Entwicklungsstufentheorie ドイツ語
ドイツ歴史学派の所説。先駆者フリードリヒ・リストは、諸民族の経済発展には未開状態、牧畜状態、農業状態、農工状態、農工商状態の5段階があるとし、それぞれの段階においてとるべき経済貿易政策は異なるとした。未開または牧畜状態にある国民は、農業状態に発展するまでは先進国との自由貿易が有利であるが、農業から農工あるいは農工商状態に進もうとする国民は、他に上位の段階にある国民が存在する限りは、保護貿易によらなくてはならない。重要なことは工業力を育成することで、幼稚産業を先進国との競争から守らなくてはならないからである。当時、最後の段階にあったのはイギリスで、フランスがそれに接近していたが、アメリカとドイツは農業状態から上位に移ろうとするところであった。リストは、スミス流の自由貿易ではイギリスの制覇にいつまでも甘んじることになる、と説いた。現実の政策の必要からつくった感があり、真に歴史的なものをみているわけでないが、注目すべきことは、近代化=工業化という経済発展の思想が強く出ていることである。
リストの段階説を批判したB・ヒルデブラントは、自然経済、貨幣経済、信用経済の三段階説を唱えた。この説は、物々交換から貨幣の使用へといった単純なものではなく、自然経済は、中世的・封建的な土地の支配する階級・職業・技術の固定した時代をさし、貨幣経済は、貨幣の採用によってもたらされた流動的な活気あふれる現代資本主義社会をさした。しかしそのうちに、昔の土地の支配と同じような圧迫的な貨幣と資本の支配が始まる。信用経済とは、その弊害を改め、二つの以前の経済の長所すなわち連帯性と活動性を結び付けた新しい未来の生活秩序である。
後期歴史学派のシュモラーは、経済と政治の密接な関係から、政治組織を中心として、家族経済、村落経済、都市経済、領邦経済、国民経済、世界経済とした。この段階説は、ドイツの国民経済的統一の実現を求める彼の政策的立場にのっとって構成されたものである。
カール・ビュッヒャーの封鎖的家内経済、都市経済、国民経済の段階説は、形のうえではシュモラーのそれに似ているが、まったく別なものである。彼は、財が生産者から消費者に到達する過程の長さを基準として、ヨーロッパ民族の全経済発展を3段階にしたのである。封鎖的家内経済では、財は生産される同一経済内で消費される。これは古代ギリシア・ローマの貴族の領土、および中世の荘園(しょうえん)の経済である。都市経済では、財は生産者より消費者に直接引き渡される。これは中世封建時代に手工業者によってつくられた自由独立都市の経済である。市民社会の萌芽(ほうが)の時代のものである。国民経済では、財は一般的には企業的に生産され消費者に至るまでに数多くの経済を通過する。これは資本主義の経済である。ビュッヒャーはこの経済発展の重要な要素を工業とみて、工業組織発展段階の主たるものを次のようにあげている。家内仕事、賃仕事、手工業、問屋制(家内工業)、工場制工業の順序である。
ドイツ歴史学派の経済発展段階説はこのほかにも数多くあるが、いずれも共通点として、ヨーロッパ中心の世界史的進歩のビジョンのもとに構成されているのが特色である。リストの場合、遅れているドイツを先進国イギリスに追い付かせることが急務であるというもので、無条件に保護貿易を主張していたのではない。自国の工業が完全に発達してイギリスと並んだら自由貿易のほうが有利であると説いていた。19世紀後半ドイツの近代化がなりイギリスと並ぶようになると、経済発展段階説は世界のどこにでも通用する進歩の体系となった。ヨーロッパ文化が人類発展の頂点にたっているとの自信がそうさせたのである。事実このころヨーロッパは全世界を支配し、植民地にヨーロッパの生活様式を強制した。非ヨーロッパ世界は滅亡を免れんがためには、それを受け入れなくてはならなかった。日本がその代表的例である。しかし第一次、第二次世界大戦を経てヨーロッパの地位の低下とともに、このヨーロッパ中心の世界史観は歴史学からなくなってしまった。O・シュペングラーの西洋没落論、A・トインビーの歴史研究にみられるとおりである。したがって経済発展段階説も理論的重要性を失い、その歴史的役割を終えた。また、マルクス・レーニン主義の歴史家も、教条主義に凝り固まった者以外は、史的唯物論の段階説の世界史的考え方をうのみにする公式主義をとらなくなった。
しかし、例外はある。アメリカのW・W・ロストウは、経済成長の諸段階として、伝統的社会、離陸のための先行条件期、離陸期、成熟期、高度大衆消費時代をあげている。これは資本主義国はもちろんのこと、社会主義国、共産主義国にも共通したものとみている。その離陸(テイク・オフtake off)の理論は経済成長万能の一時期、しばらく注目をひいた。しかしこれはアメリカ的社会あるいは生活様式を最高とみ、すべての遅れた経済が目ざすべきものとみる、アメリカ中心の世界史観で、歴史学の現状を無視したアナクロニズム史観というほかない。
[山田長夫]
『K・ビュッヒャー著、権田保之助訳『国民経済の成立』(1942・栗田書店)』▽『W・W・ロストウ著、木村健康他訳『経済成長の諸段階』(1961・ダイヤモンド社)』