国家を単位として把握される経済活動の総体をいう。世界的規模で展開されている国際経済では、国民経済が基本単位となっている。国民経済の確立は、個々の経済主体が同一の経済制度・社会制度の下に置かれていて、統一的な国内市場が形成されることによって相互に密接な社会的分業関係をもつに至っていることが指標とされる。この指標に従えば、国民経済は資本主義の創成期、絶対主義体制の時代に確立したといえる。
中世封建制の下では、都市と農村の経済活動は分離しており、統一的国内市場は形成されていなかった。多少の交易関係があったとしても、生産活動の大半を占める農村経済はおおむね自給自足であった。都市では、同業組合が封建領主から経済的特権と自治権を与えられて、営業の地域的独占を行っていた。封建領主と同業組合が自立性をもつことによって、統一的な政治・経済制度の形成も阻まれていたのである。こうした政治的・経済的分断を崩していったのは、小生産者やマニュファクチュア、とりわけ農村工業の発達による商品生産の発展とそれに伴う市場の拡大であった。国内市場の発展は同業組合の地域的独占を突き崩し、それとともに経済的特権や自治権も崩壊させ、自由な商品生産者の交易関係を基盤とする市民社会が形成されていった。また国内市場の発展は政治・経済制度の統一を要請するものであったが、絶対王政が封建領主や同業組合の政治的機能を統括したことによってその統一も実現された。こうして、政治制度や経済制度(貨幣・租税・関税制度など)が統一されることにより国内市場の発展が促進されると同時に、絶対王政の下での重商主義政策によって輸出産業が振興するなど、資本主義経済の前提条件が形成されたのである。この国民経済の成立は、資本主義経済の確立にとって不可欠の前提ではあるが、自由な経済活動を必要条件とする資本主義経済が自立するためには、絶対王政に残存する法律的自由の制限および経済的自由の阻害要因が取り除かれねばならなかった。
ドイツの新歴史学派のカール・ビュッヒャーは『国民経済の成立』(1893)において、国民経済の成立を経済発展の最高の段階とする経済発展段階説を提唱した。彼は「財が生産者から消費者に到達するまでの長さ」を基準に、(1)封鎖的家内経済(流通のない経済)、(2)都市経済(注文生産あるいは直接交換)、(3)国民経済(商品生産、諸財の流通)の3段階に経済発展段階を区分した。彼は国民経済を、あらゆる財が企業的に不特定の需要に対して商品として生産され、市場を通じて消費者に配分される経済制度と特徴づけている。このビュッヒャーの説は、数ある経済発展段階説のなかでも著名なものの一つであるが、商品の流通に焦点が置かれて生産形態に対する認識が希薄な点がのちに批判され、現在では、国民経済という用語が経済発展の一段階を示すものとして使われることはまれである。
[佐々木秀太]
『大塚久雄著『国民経済』(1965・弘文堂)』▽『『大塚久雄著作集6 国民経済』(1969・岩波書店)』▽『K・ビュッヒャー著、権田保之助訳『国民経済の成立』(1942・栗田書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…近代という時代は地球上のあらゆる人々を市場経済の中に巻き込み,地域固有の価値観や規範あるいは制度や権威を変形・解体して,ヨーロッパに形成された世界システムへの一元化をもたらしてきた(近代世界システム論)。このような近代世界の近似化は,国民国家による分割を通じて実現され,文化は国民文化として創り出され,経済は国民経済を単位として構成されてきた。社会科学や近代思想が論じてきた近代の普遍性とは,国民国家という単位に分断されながらも,地球全体が想像上の〈西洋〉へと均質化する傾向を前提としてきたのである。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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