日本大百科全書(ニッポニカ) 「経済統合」の意味・わかりやすい解説
経済統合
けいざいとうごう
economic integration
経済的に密接な利害関係にある複数国家が、相互の協力を通じて地域的な経済圏をつくることをいう。経済統合は、国内市場を相互に開放しあうという点では、より広い領域での自由な国際経済関係の構築を目ざすものであるが、経済統合全体としては一つの共通目的のために域外諸国との間での自由な競争を遮断しようとするものであり、統合体を構成する各国が自由にグローバルな(地球的規模の)国際経済関係に直接参加しようとするものではない。
経済統合には、その協力の程度により、(1)域内国間の貿易については関税や数量制限を撤廃するが、域外国に対しては従来どおりの関税を賦課する自由貿易地域、(2)域外国に対して域内国共通の関税を賦課する関税同盟、(3)域内国間の貿易についてのいっさいの制限を撤廃するだけでなく、資本や労働など生産要素移動についても制限を撤廃する共同市場、(4)さらに域内諸国の経済政策を相互に調整しようとする経済同盟、(5)金融・財政政策などの経済政策を統一的に行う超国家的機構を設定する完全な経済統合、などの形態がある。
地域主義(リージョナリズム)の一つの発現形態である経済統合がもつ域内自由化と域外差別化の二面性は、静態的には「貿易創出効果」と「貿易転換効果」としてとらえられてきた。前者は、域内貿易の自由化により域内各国間で新しい貿易機会が創出されるという点で経済統合の経済厚生にプラスするものであり、後者は、生産物の供給源が統合体形成を契機として域外低コスト国から域内高コスト国に切り換わる効果で、経済統合の厚生水準にマイナスの影響を与えるものである。統合の形成はこうしたプラスとマイナスの両効果を同時に生み出すので、経済統合の理論は、これらの効果の純効果をプラスにし、かつそれを大きくする条件を追求してきた。その結果、望ましい経済統合を実現する具体的条件が列挙されるに至っているが、結局、経済統合に対する評価は、こうした二つの相反する側面や効果、すなわち、「自由化」と「差別化」、「貿易創出効果」と「貿易転換効果」のいずれが支配的であるかによって異なる。
しかしながら、経済統合についてはこうした静態的な効果だけではなく、より長期的な展望のもとで生産と貿易の根本的な変化をもたらすという意味での経済統合の動態的効果にも注目しなければならない。まず第一に、経済統合は、域内国が域内での比較優位に従って各国に適した財の生産に特化しこれを交換しあう機会を提供するものであるから、それだけ生産や貿易のパターンは経済的となり、投資方向がより能率的なものとなることが期待できる。第二に、域内諸国間で市場を開放しあうことによる貿易の増大は、規模の経済が重要な工業品でのコスト引下げに役だち、その対域外輸出を可能にする。第三に、地域的な市場の形成は、域内国が比較的容易に生産できる財の地域的自給度を高め、それだけ地域外からの投資財の輸入に利用可能な外国為替(かわせ)を増大させる。これらの効果は、域外からの資本の流入や、域内各国の資本形成を促進し経済成長率を加速させる役割を果たすといえるであろう。
このような意義を有する経済統合は、現実にヨーロッパにおいて大きな進展をみせている。1958年にヨーロッパ経済共同体(EEC)がフランス、西ドイツ(当時)、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクをメンバーとして発足して以来、これはヨーロッパ共同体(EC)を経て、1993年にはヨーロッパ連合(EU)へと拡大(2020年11月現在、加盟27か国)し、かつ統合の度合いを深化した。深化の点でいえば、1999年以降、統一通貨「ユーロ」が出現し、現にこれが流通するようになったことは画期的なことである(2021年現在、加盟国中19か国が導入)。
一方、アメリカはこれに対抗する意味もあって、アメリカのほかにカナダ、メキシコをメンバーとする北米自由貿易協定(NAFTA)を1994年に結成し、これを中米、南米を含むアメリカ大陸全体に拡大しようとする意図を示唆している。その中・南米では最大の統合体として、かつてのラテンアメリカ自由貿易連合(LAFTA)を改組したラテンアメリカ統合連合(ALADI)が存在しているほか、中米共同市場(CACM)、南米南部共同市場(=メルコスール、MERCOSUR)、アンデス共同体(Andean Community)がそれぞれ活動を続けている。
さらにアジアに目を転ずれば、インド、パキスタンなどがメンバーである南アジア地域協力連合(SAARC)があるが、日本にとって、より身近な東南アジア諸国連合(ASEAN、2021年10月現在、加盟国は10か国)が実現しようとしていたASEAN自由貿易地域(AFTA)は、ASEAN経済共同体(AEC)として2015年12月に発足した。しかしながら、欧米先進国と異なり、日本が今日のところ東アジア共同体構想はあるものの、確固とした地域的な経済統合の基盤をもっていないことは問題である。唯一日本がよりどころとしているものは、主として環太平洋諸国からなるアジア太平洋経済協力(APEC、2021年現在、加盟は21の国と地域)であるが、これは「開かれた地域主義」を標榜(ひょうぼう)する緩やかな経済統合にすぎず、EUやNAFTAに匹敵するものではない。
最後に、最近注目されている経済統合に、主として2国間で結ばれる自由貿易協定がある。日本は初めて2001年(平成13)にシンガポールとの間で自由貿易協定を締結したことを皮切りに、2021年1月現在、21の国および地域と同様の協定を結んでいる。一方においてグローバリズムの進展が必要とされているなか、地域的な経済統合がいかなる位置づけを主張できるのか、その将来は理論的にも現実的にもきわめて興味のある問題といえるであろう。
[村上 敦]
『ベラ・バラッサ著、中島正信訳『経済統合の理論』(1963・ダイヤモンド社)』▽『片野彦二他著『経済統合理論の系譜』(1970・アジア経済研究所)』▽『梅津和郎・奥田孝晴・中津孝司編著『途上国の経済統合』(1999・日本評論社)』▽『青木健・馬田啓一編著『地域統合の経済学』(1999・勁草書房)』▽『田中素香編著『単一市場・単一通貨とEU経済改革』(2002・文真堂)』