絵本合法衢(読み)えほんがっぽうがつじ

改訂新版 世界大百科事典 「絵本合法衢」の意味・わかりやすい解説

絵本合法衢 (えほんがっぽうがつじ)

歌舞伎狂言。お家物。七幕。通称《立場の太平次》。4世鶴屋南北,福森久助,2世桜田治助の合作。1810年(文化7)5月江戸市村座初演敵討物の流行にのって読本《絵本合邦辻》(1804)によった劇化であったが,南北の傑作としてのみならず敵討物の屈指の作とみることができる。初演の配役大学之助・太平次を5世松本幸四郎,皐月・お米を5世岩井半四郎,孫七・弥十郎を3世坂東三津五郎,与兵衛・うんざりお松を2世尾上松助(後の3世菊五郎)など。多賀家の横領をたくらむ左枝大学之助は,家の重宝を盗みとらせる。悪事を重ねる大学之助を諫言した高橋瀬左衛門はだまし討ちにあう。太守俊行は悪計を知り瀬左衛門の次弟弥十郎に暇をやり,兄の仇を討つように計る。立場の太平次は非人のうんざりお松と馴れあい,道具屋与兵衛を追い出すたくらみに荷担し,道具屋で強請(ゆすり)を働き,後家おりよを毒殺するが,お松もまた太平次に扼殺される。与兵衛は旅先で病み,女房お亀は太平次の手で大学之助の妾に売られる。家来筋の孫七夫婦も太平次に惨殺される。孫七の妹お縫は太平次を兄の敵と知り,色仕掛けで殺す。与兵衛も詰腹を切るが,弥十郎は合法が辻で大学を討ち本懐をとげる。返り討物の中でも残虐性が強く,化政度を代表する一演目。お松の強請場から倉狩峠の惨殺シーン,さらに敵討の大詰まで緊密な構成の長編ドラマとなっている。
仇討物
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「絵本合法衢」の意味・わかりやすい解説

絵本合法衢
えほんがっぽうがつじ

歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。7幕。4世鶴屋南北、2世桜田治助(じすけ)、福森久助合作。通称「合法」「立場(たてば)の太平次(たへいじ)」など。1810年(文化7)5月江戸・市村座で5世松本幸四郎、3世坂東(ばんどう)三津五郎らにより初演。同名の実録本から脚色した作で、多賀家横領をたくらむ左枝(さえだ)大学之助に兄を殺された高橋弥十郎が、のちに合法道心となって仇討(あだうち)するまでの話を本筋として、大学之助と瓜(うり)二つの顔をした立場人足(にんそく)の太平次のさまざまな悪事を絡ませた作。太平次と莫連(ばくれん)女うんざりお松を中心とする下層社会の写実的な描写のなかに、非情な殺人が相次ぎ、3組の夫婦が残らず凄惨(せいさん)な返り討ちにあう悲劇に迫力がある。初演の幸四郎が大学之助と太平次という時代・世話両様の悪党を巧みに演じ分けたため好評を博した。明治以後絶えていたのを大正末期に2世市川左団次が復活、さらに第二次世界大戦後には8世幸四郎(白鸚(はくおう))が完全に近い形で上演している。

[松井俊諭]

『『鶴屋南北全集2』(1971・三一書房)』

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「絵本合法衢」の解説

絵本合法衢
えほん がっぽうがつじ

歌舞伎・浄瑠璃外題
作者
勝俵蔵(1代) ほか
初演
文化7.5(江戸・市村座)

出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の絵本合法衢の言及

【鶴屋南北】より

…むしろ一貫して迫真的な市井風俗や下層民衆生活を描写する〈生世話(きぜわ)〉の追求,また当時の観客の嗜好でもあった残虐な殺し場やきわどい濡れ場の描出に力点をおき,劇的展開と,仕掛物や亡霊などによる怪奇趣味,あるいは奇抜な趣向によって異質なもの同士を結合させ,世界の複合性を構築してゆくドラマツルギーなどが大きな特徴であったといえよう。 前期の代表作としては,公卿が辻君となって春をひさぐ趣向が評判となった《四天王楓江戸粧(してんのうもみじのえどぐま)》(1804年11月河原崎座),小幡(こばた)小平次の怪談に皿屋敷と天竺徳兵衛の世界を綯交(ないま)ぜにし,松助が小平次,鉄山,おとわなどの役々を演じた《彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)》(1808年閏6月市村座),幸四郎が演じた〈馬盥(ばだらい)の光秀〉の《時桔梗出世請状(ときもききようしゆつせのうけじよう)》(1808年7月市村座),すでに好評を博した天竺徳兵衛を土台に阿国御前(松助)の怪談,累・与右衛門の早替り(栄三郎を3世菊五郎)を見せた《阿国御前化粧鏡(けしようのすがたみ)》(1809年6月森田座),本町糸屋の娘お房とお時(二役,半四郎)と本庄綱五郎(三津五郎),半時九郎兵衛(幸四郎),お祭左七(松助)らの活躍する《心謎解色糸(こころのなぞとけたいろいと)》(1810年1月市村座),白藤源太の書替えの世話狂言で釣鐘権助(幸四郎)が源太(三津五郎)に殺される《勝相撲浮名花触(かちずもううきなのはなぶれ)》(1810年3月市村座),善玉悪玉双方で18人ないし21人の登場人物が惨殺される返り討狂言で,幸四郎が左枝大学之助と立場の太平次という時代と世話の敵役を演じわけた《絵本合法衢(がつぽうがつじ)》(1810年5月市村座),風鈴蕎麦屋が娘を殺す双蝶々の書替狂言《当龝八幡祭(できあきやわたまつり)》(1810年8月市村座),また夏祭の書替えで,のちの四谷怪談の原型ともなった《謎帯一寸徳兵衛(なぞのおびちよつととくべえ)》(1811年7月市村座)などがある。この年7月に出された法令(狂言中府内地名の使用禁止,衣裳小道具法度,糊紅の使用禁止など)に抵触するところあってか,《謎帯》は興行を中絶した。…

※「絵本合法衢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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