19世紀に用いられた概念で純粋器楽をさし,次のような意味をもつ。(1)詩や台本というテキストの形態と内容にしたがう制約をもたない。すなわち声楽曲と対立する。(2)概念的・対象的内容の描写の意図をもつ標題音楽と対立する。(3)演奏の時・所という機会への顧慮,宗教的・社交的などの目的,すなわち機能音楽に対立する。このように,条件や目的に左右されず,楽曲の構成法則を自ら与えるという自律的音楽の意味で他律的な音楽と対立する。
絶対音楽の概念は,はじめR.ワーグナーによって否定的な意味で用いられた。彼は言葉と舞踊と音楽が一体となっているのが本来であると考え,音楽だけ分離されている純粋器楽を抽象的な音楽とし,欠如態とみなした。またオペラなど声楽曲においても,言語的・詩的・ドラマ的基礎を軽視したスタイルの音楽,たとえばロッシーニのオペラに見いだされる,旋律の美しさや声の技巧の誇示を優先させる傾向なども彼の絶対音楽の概念に含まれる。これに対し19世紀半ばの音楽美学者E.ハンスリックはこれを肯定的な意味に転じ,今日に及んでいる。このことからも,この概念が価値評価を離れて音楽の性格を表示する概念ではなく,特定の音楽観を背景にして生まれたことがわかる。
絶対音楽と標題音楽の境界は明確ではなく,標題の付いていないピアノ・ソナタにも,詩的・絵画的表象と結合しやすい性格の曲があり,標題音楽にも,作曲家が出版社から頼まれて後から標題を付けたものがある。両者の区別は,作品の特性と関係するだけでなく,聴き方のスタイルともかかわる。通常絶対音楽とされる曲が標題が隠されているものと解釈されたり,標題音楽であっても絶対音楽的に聴かれる場合がある。
音楽における純音楽的構成という契機は,14世紀のマショーが作曲した,同一リズム型を反復するアイソリズムisorhythmの手法によるモテットの統一的構成に,その一つの集中的なあらわれが見いだされる。それは声楽曲でありながら,ベートーベンのソナタのもつ抽象的構成の側面と同様〈絶対音楽的〉である。またこの概念を単に標題をもたない器楽と考えるならば,バロック時代のソナタやフーガにその確立をみることができるが,より適切には,自律音楽と機能音楽の分離が決定的となる19世紀以降の音楽,およびその音楽観の影響下にある20世紀の音楽に関してこの概念を適用するのが妥当であろう。
絶対音楽擁護論においても,この種の曲が単に音の構成面に限定される音楽としてとらえられているのではなく,人間的・現実的なものから隔離されながら絶対音楽において超越的なものが開示されると説かれている。しかし,これこそ純粋で理想的な音楽とする音楽観から生まれたこの概念には,偏狭さがつきまとうことは否めない。また,作曲と演奏と受容をする人間の生の営みの動的な場から音楽を引き離し,音楽を固定的な〈作品〉として他との関連を離れて存立するとみなす古典的・ロマン的音楽観と,絶対音楽の概念は不可分に結びついている。
→標題音楽
執筆者:植村 耕三
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標題をもたない器楽曲。絶対音楽は、絵画的情景や文学的内容など音楽以外の内容と直接結び付くことなく、音そのものの構成面に集中しようとする純粋器楽であり、したがって、同じ器楽でありながら、標題や説明文をつけて物語や特定の情景を表現しようとする標題音楽とは、対立する音楽用語として使用される。
19世紀のロマン派音楽においては、標題音楽を代表するリストの交響詩や、総合芸術作品を目ざしたワーグナーの楽劇に対して、ブラームスらの純粋器楽を擁護するために、絶対音楽の概念はドイツの音楽学者ハンスリックによって積極的に用いられた。しかし、絶対音楽と標題音楽の境界は明白ではない。絶対音楽はけっして無内容ではなく、音楽のみが表現しうる純粋な内容を有している事実は否定しえない。また構成面に関しては、標題音楽がソナタ形式など絶対音楽の形式を応用している場合が少なくない。一方、鑑賞に関しては、標題や説明文を無視して、標題音楽を絶対音楽としても聞くことができるのである。絶対音楽と標題音楽の相違は、音楽の構成面に集中するか、あるいは標題を作曲の指針とするか、作曲者の創作意図に左右されるといえよう。
[中野博詞]
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…音楽を〈音楽〉として意識するのは,とりわけ抽象的・美的な精神の働きである。 このような抽象的・美的な意識の頂点に位置するのは,おそらく〈絶対音楽〉の概念によって代表される西欧近代の音楽意識であろう。しかし,西欧の〈音楽〉に関する概念にもそれなりの変遷があった。…
…広い意味では音楽の聴取・理解(解釈・鑑賞),演奏・歌唱,作曲・即興など,音楽の聴取・創作に関わる人間活動全般およびそれに関する研究を,より限定的にはそのうち聴取・理解に関わる側面を指す。 音楽認知が重要と目されるのは,音楽が人間の活動として社会・文化を問わず,普遍的に存在すること,音楽認知が言語,数理・論理,空間認知,運動制御など他の認知能力と並ぶ基本的な認知部門ととらえられることによる。そこには音楽認知としての独自性と,より普遍的な認知能力の一環としての性格の両面があり,それが実際にも研究の上でも複雑に絡み合っている。…
…曲の表そうとするものを示す題,あるいは説明文の付いた器楽曲で,文学的・絵画的・観念的などの表現との関連で聴かれることが意図された音楽。絶対音楽と対立し,共に19世紀に生まれた言葉であるが,両者の境は流動的で,かつ相互に影響し合っている。標題音楽の概念は論者によりさまざまに用いられるが,上述の意図をもった器楽曲を指すものと解し,声楽曲でも用いられている標題音楽と同様な処理は標題音楽的手法と呼び,下位のジャンルとして標題交響曲,交響詩(標題をもった,たいていは1楽章の管弦楽曲)を含むと考えるのが一般的である。…
※「絶対音楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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