維新史料編纂会(読み)いしんしりょうへんさんかい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「維新史料編纂会」の解説

維新史料編纂会
いしんしりょうへんさんかい

明治維新に関する史料収集編纂を目的として設置された官立組織。 1911年5月 10日,勅令 145号をもって設立されたが,前年井上馨山県有朋らが同じ目的で設立した民間団体彰明会の後身である。井上馨,次いで金子堅太郎総裁となり,事務局を文部省内におき,当初 15年の予定であったが,42年5月8日,官制廃止まで存続し,その事務は大臣官房,社会教育局,教科書局を経て,49年4月,東京大学史料編纂所に引継がれた。『維新史料綱要』 (10冊,1846~71の綱文および引用史料名を収載) ,『大日本維新史料』 (19冊) その他を刊行したが,その稿本は 4180冊に達した。第2次世界大戦中,国体明徴趣旨から『維新史』 (5巻,付録1巻) その他を刊行したこともある。

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デジタル大辞泉「維新史料編纂会」の解説

いしんしりょう‐へんさんかい〔ヰシンシレウヘンサンクワイ〕【維新史料編纂会】

明治44年(1911)、文部省内に設けられた明治維新関係史料の編纂機関。「大日本維新史料」稿本約四千冊を編纂。昭和24年(1949)、東京大学史料編纂所吸収

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日本大百科全書(ニッポニカ)「維新史料編纂会」の解説

維新史料編纂会
いしんしりょうへんさんかい

1911年(明治44)5月、文部省維新史料編纂会として発足し、『大日本維新史料』の編纂を行った会。同会は、前年の井上馨(かおる)の発起による彰明(しょうめい)会を官制化したものである。編纂は、孝明(こうめい)天皇の践祚(せんそ)(1846)から廃藩置県(1871)までをその対象とし、1931年(昭和6)7月に基礎稿本4180冊を完成した。その後体制を縮小し増補修正にあたり、1858年(安政5)5月までの一部、3編19冊が刊行された。また、その編纂過程で『維新史』という概説書も著した。第二次世界大戦後、稿本は東京大学史料編纂所に引き継がれたが、現在でも利用しうる明治維新史関係のもっとも詳細な史料集といえよう。

[横山伊徳]

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精選版 日本国語大辞典「維新史料編纂会」の解説

いしんしりょう‐へんさんかい ヰシンシレウヘンサンクヮイ【維新史料編纂会】

明治維新史料の収集・編纂機関。明治四四年(一九一一)に設立された。文部大臣の管轄。初代総裁井上馨。「大日本維新史料」「概観維新史」等を刊行したが、昭和二四年(一九四九)、東京大学史料編纂所に吸収された。

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世界大百科事典内の維新史料編纂会の言及

【明治維新】より

…旧幕臣による江戸時代の再評価や幕府の衰亡を明治維新史の中軸においた幕府中心の維新史のとらえ方,あるいは東北諸藩を主に描かれた維新史の登場にも,すでに天皇制と固く結びついた〈上から〉の維新観はびくともしなかったのである。そして,日露戦争(1904‐05)を経て天皇制が帝国主義的色彩を強めるのに呼応して,明治維新には,一方では日本の伝統的な民族的特質が強調され,神格化された天皇が中心軸におかれ,他方では開国以来欧米の文化を摂取した日本の〈文明的存在〉が主張されるとともに,官撰の明治維新史を編纂するために,1911年には文部省によって維新史料編纂会が設置された(1937年より《維新史料綱要》全10巻,39年より《維新史》全6巻を刊行)。この年は同時に大逆事件で幸徳秋水らが死刑に処せられた年であったのである。…

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