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耿仲明 こうちゅうめいGeng Zhong-ming; Kêng Chung-ming

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

耿仲明
こうちゅうめい
Geng Zhong-ming; Kêng Chung-ming

[生]?
[没]順治6(1649).11. 江西,吉安
中国,明末清初の武将。正黄旗漢軍旗人。遼寧省蓋平の人。字は雲台。初め明の武将。清の天聡7 (1633) 年5月,すでにくだっていた孔有徳に従い,の太宗に投降。総兵官の職を与えられて遼陽に駐し,その軍を天祐兵という。崇徳1 (36) 年に大清国となったとき懐順王に封じられ,同7年八旗漢軍の正黄旗に所属。順治1 (44) 年の清軍中国本土進出以後は各地に転戦し,同6年功により靖南王に封じられたが,部下の罪の責任をとり自殺。その子の耿継茂が襲封し,やがて福建の靖南王藩の基礎を築いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうちゅうめい【耿仲明 Gěng Zhòng míng】

?‐1649
中国,明末・清初の武将。字は雲台。遼東蓋州(遼寧省蓋平県)の人。初め明の武将毛文竜の部下であったが,1633年(崇禎6)清に投降し,36年(崇徳1)懐順王に封ぜられた。44年(順治1)明が滅ぶと,翌年にかけて河南,陝西方面で流賊の李自成を討ち,46年湖南で明の桂王朱由榔を攻めた。49年靖南王に改封され,広東へ南征の途中,罪を問われて自殺した。子の耿継茂が王爵を継ぎ,広州ついで福州に駐した。清初の三藩の一つで,孫の耿精忠呉三桂に呼応して三藩の乱をおこした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

耿仲明
こうちゅうめい
(?―1649)

中国、明(みん)末清(しん)初の武将。字(あざな)は雲台。遼東(りょうとう)蓋州(がいしゅう)(遼寧省蓋平県)の人。遼東海上の皮島を拠点として満州軍と戦っていた明将毛文竜の部下であったが、戦術上の不一致から毛文竜が袁崇煥(えんすうかん)に殺されると、同僚の孔有徳(こうゆうとく)とともに山東登州に逃れ、1632年反乱を起こして翌年清(当時は後金(こうきん))に投じた。清に優遇され、孔有徳らとともに旅順、大同および遼西各地において明との戦闘に従事し、36年懐順王に封ぜられ、42年には漢軍正黄旗に編入された。44年清の入関後、陝西(せんせい)の李自成(りじせい)軍や江南・湖南の反清勢力の平定に従って功をたてた。49年靖南(せいなん)王に改封されて広東(カントン)の南明(なんみん)勢力討伐に向かう途上、部下の逃人隠匿が発覚し、糾問の上諭(じょうゆ)を受けて、江西吉安(きつあん)で自殺した。[岸本美緒]

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