肝性脳症(読み)カンセイノウショウ

デジタル大辞泉 「肝性脳症」の意味・読み・例文・類語

かんせい‐のうしょう〔‐ナウシヤウ〕【肝性脳症】

肝機能の低下に伴って意識障害・興奮・抑鬱昏睡などの中枢神経症状がみられること。肝臓で解毒できなくなったアンモニアなどの有害物質が、体内に蓄積されることで発症するとされる。

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六訂版 家庭医学大全科 「肝性脳症」の解説

肝性脳症
かんせいのうしょう
Hepatic encephalopathy
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 肝臓は生体のなかで最大の代謝をつかさどる臓器です。肝臓が機能不全に陥るとさまざまな代謝産物が体内にたまることになり、神経有毒物質あるいは神経機能に必要な物質の欠乏により神経症状が現れます。

 肝性脳症は肝硬変(かんこうへん)などによる肝機能不全や、門脈(もんみゃく)の血液が肝臓に入らず、肝臓での処理を受けることなく大循環系に流入する短絡路(たんらくろ)シャント)による門脈大循環性脳症(もんみゃくだいじゅんかんせいのうしょう)(シャント脳症)、尿素を処理できずアンモニアが大量に生じてしまう尿素(にょうそ)サイクル酵素欠損症(こうそけっそんしょう)などで起こります。症状は急性、間欠性(時々生じる)、あるいは慢性に発症します。

原因は何か

 病気の原因は不明な部分もありますが、2つの要因、すなわち肝不全因子とアンモニアが重要と考えられており、その組み合わせでさまざまな型の肝性脳症が起こると考えられています。アンモニアの毒性機序(仕組み)は確定していませんが、脳内の神経伝達障害や機能障害などが考えられています。またアミノ酸の量的、質的不均衡により、神経伝達の抑制が起こるとする説などがあります。

症状の現れ方

 神経症状としては、意識障害を中心としてさまざまな精神症状と運動系の症状が現れます。昏睡(こんすい)を起こす前の時期では多幸(たこう)気分、異常行動、せん妄(もう)などを示し、見当識(けんとうしき)障害、言語障害も加わり、次第に昏睡になっていきます。また不随意(ふずいい)運動ミオクローヌス、固定姿勢保持困難、羽ばたき振戦(しんせん)など、さまざまの特異な運動障害がみられます。

検査と診断

 肝臓に基礎疾患があることが基本で、経過中に意識障害などの脳症が現れたら本症を疑います。高アンモニア血症を伴う肝機能障害および、全般性徐波(じょは)(ゆっくりした波が脳全体から出る)で三相波(三相を示す脳波)を示す特徴的な脳波が診断に重要です。

治療の方法

 治療は、食事中の蛋白質制限、腸内窒素(ちっそ)化合物を除去するためのラクツロース、アンモニア産生腸内細菌を抑えるための抗生剤、血漿アミノ酸の不均衡を是正するためのアミノレバンの投与など、専門的治療が必要です。

栗山 勝

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「肝性脳症」の解説

肝性脳症(肝疾患に伴う神経系障害)

(1)肝性脳症(hepatic encephalopathy)
概念
 高度の肝機能異常に伴う代謝異常によって生じる意識障害などの精神神経症状で,大きく急性型と慢性型に分類される.【⇨9-1-4)も参照】
臨床症状
 急性型は劇症肝炎に代表され,急性(8週以内)に広範囲の肝細胞が壊死に陥る急性肝不全に伴って認める神経症状である.倦怠感,食欲不振などの急性肝炎症状で発症し,黄疸,頻脈,血圧低下などの肝不全症状とともに,意識障害を中心として,羽ばたき振戦,構音障害,錐体外路徴候,錐体路徴候,運動失調なども認める.慢性型は肝硬変などの慢性肝疾患に伴って認める神経症状で,症状の変動や再燃がしばしばみられる.おもな症状は意識障害,精神症状(初期には記銘力障害,見当識障害,感情の易変容性,経過が長くなると認知症や人格障害),運動障害,羽ばたき振戦などである.
病因
 慢性型では腸管内で生じるアンモニアなどの神経毒作用物質が肝で解毒されずにシャントを通って大循環を経て直接脳内に達する.アンモニアが肝性脳症を引き起こす原因としてはTCA回路を介するATP産生低下,脳内セロトニン系への関与,アンモニア代謝で産生されるグルタミンの関与などがいわれているが不明な点も多い.アンモニア以外のメルカプトン,芳香族アミノ酸などの関与も示す報告もあるが詳細は不明である.急性型では高アンモニア血症に加えて,脳浮腫の関与が剖検例の検討や画像診断からいわれている.
診断
 肝不全を示す血液データ,血中アンモニアの高値,分岐鎖アミノ酸/芳香族アミノ酸比(Fisher比)の低下,脳波所見,臨床症状から診断する.脳波は肝性脳症の重症度をよく反映し,初期にはα波の徐波化,不規則化,その後5~7 Hzの高振幅θ波が前頭部から後頭にかけて全体に広がる.前昏睡期になると特異的な所見である三相波(図15-12-1)が前頭優位,左右対称性に出現するが,昏睡期になると消失する.また,脳MRIのT1強調画像にて淡蒼球を中心にして大脳基底核に高信号域を認める.
治療
 急性型では急性肝不全の治療とともに,脳浮腫の治療としてマンニトールグリセロールの投与を行う.慢性型では血中アンモニア上昇の誘因(蛋白の過剰摂取,便秘,消化管出血)の除去,ラクツロースまたはラクチトール経口投与を行う.それでもアンモニアの低下をみない場合はネオマイシン,ポリミキシンBなどの抗菌薬の投与を行う.分岐鎖アミノ酸製剤は意識覚醒効果や脳症の予防に有効である.[中里雅光]
■文献
Bismuth M, Funakoshi N, et al: Hepatic encephalopathy: from pathophysiology to therapeutic management. Eur J Gastroenterol Hepatol, 23: 8-22, 2011.

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家庭医学館 「肝性脳症」の解説

かんせいのうしょうかんせいこんすい【肝性脳症(肝性昏睡)】

◎アンモニアなどの物質が脳にたまる
 肝性脳症(Hepatic Encephalopathy)とは、肝硬変(かんこうへん)の進行した時期や劇症肝炎(げきしょうかんえん)などで肝不全(かんふぜん)となった際にみられる、意識障害などを中心とする精神神経症状をさします。後から振り返ってはじめて気づく程度の、落ちつかない、イライラする、ぼんやりする、夜に眠れず昼間に寝ている、などの軽い症状のⅠ度から、痛みの刺激にも反応せず、昏睡状態となり、重篤(じゅうとく)なⅤ度まで、5段階に分類されます。
 手を前方に伸ばしたときに、鳥が羽(は)ばたくように手が震える羽ばたき振戦(しんせん)と呼ばれる症状をみせるのが特徴的です。
 肝性脳症の発症のしくみとしては、アンモニア、低級脂肪酸、メルカプタンやγ(ガンマ)‐アミノ酪酸(らくさん)(GABA)などの物質が肝臓で十分に解毒(げどく)されず、血液中に増加し、さらに脳内に移行するため、と考えられています。なかでもアンモニアはもっとも重要な因子とみられ、腸管内に存在する細菌のウレアーゼや小腸粘膜内(しょうちょうねんまくない)のグルタミナーゼという酵素(こうそ)による反応で生じるとされています。
 肝機能が低下するとアンモニア処理能も低下するため、血液中のアンモニアが増加します。また、肝硬変になると腸管からの血液が肝臓を通らず、肝臓に入っても肝細胞に触れずにバイパスを通ったりする(シャントと呼ばれる)ため、腸管からのアンモニアを十分に処理できず、全身にまわることになります。
 慢性肝不全による肝性脳症のときには、血液中のアミノ酸組成が変化して芳香族(ほうこうぞく)アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン)が増加し、分岐鎖(ぶんきさ)アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、バリン)が減少します。このとき分岐鎖アミノ酸を補充すると、精神神経症状が改善することが明らかになり、急性増悪期に点滴による静脈内投与や、慢性期に経口投与が行なわれるなど、臨床的にも応用されています。
 肝硬変時の肝性脳症では、その誘因としてたんぱく質の摂取過剰、消化管出血(食道静脈瘤(しょくどうじょうみゃくりゅう)や胃(い)・十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)からの出血)、便秘、水・電解質異常、向精神薬(こうせいしんやく)投与、感染症、外科的手術などがあげられます。
 したがって脳症のあるときには、たんぱく質の摂取を控える(40g/日)ことが勧められます。また、ラクツロースという二糖類の下剤(げざい)で腸管の有害細菌の増殖を抑え、アンモニアの吸収を抑制したり、吸収の悪い抗生物質の使用によりアンモニアを産生する細菌を殺菌したり、特殊アミノ酸製剤(分岐鎖アミノ酸)の使用などを行ないます。肝性脳症は、本人が自分では気づかない症状であるため、周囲の人の注意深い観察が必要です。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「肝性脳症」の意味・わかりやすい解説

肝性脳症
かんせいのうしょう

肝性昏睡

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栄養・生化学辞典 「肝性脳症」の解説

肝性脳症

 重症の肝不全の場合にみられる中枢神経障害症状.

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世界大百科事典(旧版)内の肝性脳症の言及

【肝不全】より

…後者は,進行した肝硬変肝臓癌,肝臓内に長期間持続して胆汁が鬱滞(うつたい)することなどによって生じ,高度の肝臓萎縮と繊維化,およびその結果生じる肝血流障害,腫瘍性変化などが直接の原因となる。ともに症状として,全身消耗,皮膚や性器の異常,感染に対する抵抗力の低下,循環障害などを伴うが,黄疸の増強,腹水,出血傾向,肝性脳症と,高度の栄養障害が臨床的には重大な問題となる。
[肝臓の機能低下による種々の症状]
 (1)黄疸 黄色色素のビリルビンが体内に蓄積して皮膚などを黄色に染める現象を黄疸という。…

【振戦】より

…ウィルソン病,多発性硬化症,中脳・小脳疾患で認められる。肝性脳症では,横に広げた手がちょうど鳥の羽ばたきのように瞬時落下する羽ばたき振戦も知られている。【水沢 英洋】。…

※「肝性脳症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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